【連弾ネット】松永晴紀著:「ピアノ・デュオ作品事典」補遺
リース Rises, Ferdinand (1784~1838) 独
3つの大行進 二重奏曲 Op.4(全3曲)
Trois grandes marches  En duo[1807]
2台ピアノ(オリジナル) =Chez Nadermann(I・II分冊)

★「ハープとピアノ」または「2台のピアノ」のための作品で,Iがハープのパート。各部が反復されるため,反復を省略すると演奏時間はほぼ半分となる。臨時記号の多くは省略され,読譜には「慣れ」が必要。

[1]第1行進曲 1re. marche 変ホ長調 Maestoso:主部はリズミカルで明快な曲想。IIの左手にはドラムのロールも現れるが,両手のトレモロによる伴奏は重すぎない工夫が必要。トリオでは落ち着いた歌謡的な旋律を,互いに繊細な連打音によって装飾する。(6'30")[I:3/II:3]

[2]第2行進曲 2me. marche ハ短調 Vivace:主部ではIは2/4,IIはおもに6/8,トリオでは両者2/4拍子による記譜。IIの急速なトレモロを多用した伴奏上に,Iがベートーヴェンの『ピアノ協奏曲 第3番』に似た悲槍な主題を奏する。ハ長調のトリオでは,短く軽快なリズム的モティーフを交えながら,両者が牧歌的な旋律を弾き交わす。ちなみにリースは1804年に師の指揮の下,その『ピアノ協奏曲 第3番』を演奏している。(7'00")[I:4/II:3]

[3]第3行進曲 3me.marche ハ長調:主部は付点リズムとスタッカートが多用された軽快でかわいらしい旋律を両者が共に奏し,対照的に短調に傾きがちな展開部は劇的で,両者が交互に短いフレーズを歌う。ハ短調のトリオは滑らかで感傷的な旋律が反復され,iはトレモロの和音と分散オクターヴが多用される。(9'40")[I:3/II:2]
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ソナチネ Op.6(4楽章)
Sonaitne[1832刊]
連弾(オリジナル)=N.Simrock

★作品番号は若いが,比較的晩年に当たる1825年の教育的作品。表紙の不鮮明な文字が “septième” とすると,『ソナチネ 第7番』ということになる。

[第1楽章]ハ長調 Allegretto:複合三部形式で,はじめの三部形式のPは両手とも5つの音によるが,イ短調のトリオでは音域は6音に拡大され,コーダではさらに広がる。反復される箇所が多い。(1'50")[S:1/P:1]

[第2楽章]行進曲 Marche ハ長調:両者の和音の応答で始まり,後半は16分音符の音階的な動きが登場する。(1'15")[S:1/P:1]

[第3楽章]卜長調 Andante:ベートーヴェンの緩徐楽章を連想させる伸びやかな落ち着いた旋律を持ち,Sも旋律を弾く。ハ長調に転調し,その属七の和音で終わる。次の楽章に続くのであろう。アーティキュレーションの指示が細かく,リズムも単純ではなく,超初心者向きではない。(1'00")[S:2/P:2]

[第4楽章]ロンディーノ Rondino ハ長調 Allegretto:複合三部形式で,トリオはイ短調。両者のカノン風の動きや役割の交替もある快活な楽章。(3'40)[S:2/P:2]
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ポロネーズ Op.41
Polonaise[1809]
連弾(オリジナル)=A.Cranz

★ハ長調 Allegretto:親しみやすい旋律を持ち,華麗で溌剌とした作品。Sは伴奏中心だが,Pとの掛合いや両者のリズム上の組み合わせが面白く工夫され,気軽に楽しめる。軽快な主題は pで始まるが,最後は ffで景気良く終わる。前半は各部の反復が多い。(5'50")[S:3/P:3]
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大行進曲 Op.53
Grosser Marsch[1809前]
連弾(オリジナル)=Schuberth & Niemeyer

★ニ長調 Vivace:勇壮なファンファーレ風の連打音が多用された,堂々として歯切れの良い軍隊行進曲。付点リズムや厚い和音も頻出し,明朗で力強い。軽快だが緊張感の強い卜長調のトリオでは,一方が短いモティーフを執拗に反復する間,他方が少しずつ変化するさまがベートーヴェン的。各部が反復される。(9'30")[S:3/P:3]
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序奏とロンド Op.57
Introduction & Rondo[1813 or 15]
2台ピアノ(オリジナル)=N.Simrock(I・II分冊)

★変ロ長調 Maestoso-Allegretto:「ハープとピアノ」または「2台のピアノ」のための作品で,IIがハープのパート。「序奏」は厚い和音と華麗なアルペッジョを両者が弾き合う。「ロンド」は明快なポロネーズで,主題を両者が弾き合って始まり,それぞれのソロも多い。変ホ短調や変卜長調にまで転調されつつ登場するエピソードは,極めてロマンティックでピアニスティックな効果も高いものもあるが,伴奏や装飾的なパッセージは(特にII)常套的。主題を交えて派手な音階やアルペッジョを弾き合って終わる。(10'30")[I:4/II:4]
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ポロネーズ 第2番 Op.93
Seconde Polonaise[1821]
連弾(オリジナル)=A.0ffenbach

★変ロ長調 Larghetto com moto-Allrgretto moderato:柔らかな曲線的な旋律を持つ,明るく穏やかな「序奏」に,やはり曲線的な動きの優美な主題による「ポロネーズ」が続く。変ホ長調のトリオでの両者の掛合いも用意され,ピアニスティックで非常に美しく響く部分もあり,またハ短調での「念を押す」かのような終止も面白いが,単純な音階やアルペッジョによる箇所もあり,全体的な冗長感は否めない。指定の速度記号は非常に遅く,ミスプリも散見される。(7'45")[S:3/P:3]
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変奏曲を伴うポルトガルの歌 Op.108-1
Air portugais avec variations[1822]
連弾(オリジナル)=H.A.Probst

★変ホ長調 Andante com moto:1818年にロンドンで出版されたスティーブンソンとムーアによる“A Selectinos of Popular National Airs”中の“Flow on, Thou Shining River”に基づく。落ち着いた明朗な主題に,ロマンティックで楽しく,晴れやかな8つの変奏が続き,各変奏の速度は数字で明示(数字に疑問もあるが)。第1変奏はおもにPの32分音符の急速な走句によるもの。第2変奏はSの3連符のリズムの伴奏上で,Pによる付点リズムの軽快な旋律が歌われる。第3変奏は両者のフレーズの掛合いとロマンティックな歌謡性が特徴。第4変奏はハ短調だがリズミカル。第5変奏は卜長調,6/8拍子。和声の微妙な変化を伴い,抒情的な旋律を両者が歌い交わす。第6変奏は卜短調。おもにPがスタッカートが多い旋律を軽快に奏し,Sは時にカノン風に追走する。第7変奏は原調に戻りSが主題を回顧し,Pは半音階による動きで装飾して始まり,両者の繊細な対話へと続く。明快な第8変奏は「行進曲」と題され,堂々と終わる。(8'50")[S:3/P:3]
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ムーアの国民の歌による変奏曲 Op.108-2
Variations sur un Air national, de Moor[1822]
連弾(オリジナル)=C.F.Peters

★へ長調 Allegretto:上記中の“Those Evening Bells”に基づく。主題は前・後半に分かれ,前半は穏やかな流れの歌謡的なもの。原譜にない後半はやや動きを増して情感を高め,P自身による模倣も加わり,特に響きが美しく魅力的。第1変奏は少しテンポを速め,前半はリズミカルで軽快な両者のリズム的な,後半は音階的なパッセージの掛合い。第2変奏の前半はへ短調で4手による対位法的な動きが和音による中断を挟んで進行し,後半はへ長調に戻りSのリズミカルな伴奏上に,Pが16分音符の連続による活発な旋律を奏する。第3変奏の前半は連打和音による旋律と分散オクターヴの伴奏を持ち,極めて快活。後半は3連符の動きが中心で流動的。最後の第4変奏はへ短調でテンポを落とし,粘度の高い旋律による短い変奏で,へ長調の軽快でリズミカルな後半に移り,愉悦感を高めて展開され,主題が回想されて静かに終わる。(6'20")[S:3/P:3]
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大序奏とロンド Op.135
Grand Introduction and Rondo[1824頃刊]
2台ピアノ(オリジナル)=Clementi(I・II分冊)

★変ホ長調 Largetto com moto-Allegretto moderato: 「序奏」は,カデンツァ風の華麗なパッセージ,付点リズムによる重厚な和音を織り込みながら,伸びやかな旋律を2台のピアノが弾き交わす。続く「ロンド」の主題は,明朗でいかにも大衆的なシンプルなもので,流麗な16分音符のさまざまなパッセージを交えてにぎやかに展開される。指定のテンポでは,16分音符のパッセージ群や3連符による連打音は極めて速く,ヴィルトゥオーゾ的。急速なパッセージでは非和声音の使用が控えられ,同門のチェルニーの「練習曲」を連想させる。曲想はロマンティックな「陰り」や「憂愁」,「しなやかさ」には乏しいが,明朗で輝かしく,健康的な力強さやスピード感が際立つ。全体的に音が厚く,現代の楽器で変化に富んだ効果的な演奏には相当な実力と工夫が必要。また楽譜は多くの臨時記号が省かれている。(10'25")[I:5/II:5]
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ポロネーズ 第3番 Op.138
Third Polonaise[1825刊]
連弾(オリジナル)=J.B.Cramer

★変ホ長調 Grave-Moderato: 序奏部では両者による短いトリルの応答が期待と気分を高め,Pによる減七の和音のアルペッジョのカデンツァの後に,「ポロネーズ」が続く。その旋律の娯楽性の高さは一種の「媚び」を感じさせるほどで,親しみやすい旋律が次々に現れ,Sの左手も旋律を弾き,両者が旋律を弾き交わす機会も多い。やや冗長だが,ロマンティックで感傷的な雰囲気に満ち,Sも中音域を弾き,高音域の音が多いために華美に響き,難易度以上に華麗に聞こえる特徴は大きな長所。臨時記号が多く省かれている。(9'00")[S:3/P:3]
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大ポロネーズ 第4番 Op.140
Quatrième Grande Polonaise[1827刊]
連弾(オリジナル)=C.F.Peters

★ニ長調 Largetto-Allegretto moderato: S により静かに始まる「序奏」は,次第に上昇する旋律を両者で歌い交わしながら,気分を高め,続く「ポロネーズ」は非常に躍動的で明朗なもの。両者のリズミカルな掛合いや模倣の動きが多く,短調の旋律はセンチメンタルなほどに親しみやすく,「華麗」と「重厚」が同居した派手な効果を発揮し,半音階的なパッセージはロマンティックに響く。後半は旋律も一部変えられ,また主題群も変ロ長調からニ長調に転調され,Pによるきらびやかな伴奏の下で,Sの左手が朗々と旋律を奏して堂々と終わる。(11'00")[S:3/P:3]
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歌劇『アリーネ』の行進曲と変奏曲 Op.148-1
March in the Opera of Aline arrangede with Variations[1827刊]
連弾(オリジナル)=Goulding & D’Almaine

★イ長調 Vivace:主題はスタッカートが多用された,極めてリズミカルでシンプルなもの。しかし,特にSによる伴奏は音が厚い。第1変奏はますます軽快に,リズミカルになり,Sも一部で旋律を担う。第2変奏は油が流れるかのような滑らかな音階的な動きを4手が弾き合う。第3変奏は少しテンポを緩めたイ短調で,トリルを含んだ優雅な旋律が両者によってカノン風に処理される。第4変奏は調性もテンポも戻り,快活で溌剌とした旋律の両者による追い駆けっこ。第5変奏は再びイ短調。タンゴを連想させるリズムの連打和音を伴奏に,4手がそれぞれにやや哀調を帯びた旋律を奏する。第5変奏は3連符主体のリズムで快活に展開され,短く主題が回想されて終わる。娯楽的な内容だが,速いテンポを採ると技術的には難しい。(6'20")[S:4/P:4]
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ラインの謝肉祭の歌と変奏曲 Op.148-2
Rhinish Carnival Air with Valiations[1828刊]
連弾(オリジナル)=Goulding & D’Almaine

★ハ長調 Andante-Allegretto non troppo:明朗で楽天的な序奏はP・S間でのフレーズの掛合いがあり,続けて主題の前半がSのソロにより登場する。主題はPに弾き継がれるが,5音で構成される旋律と,その和声はいかにも素朴。 P・S間で細かいリズム的なやり取りが行われる第1変奏,3連符によるパッセージを弾き合う第2変奏,ハ短調で葬送行進曲風の第3変奏,Pが16分音符による練習曲的な動きを元気よく弾く第4変奏,そして「ポーランド風に」と題された最後の第5変奏と続く。この「ポロネーズ」はシンプルで可愛らしい。Sにも旋律を弾く機会が用意され。両者の掛合いも多く,気軽に楽しんで弾くことが最優先された作品。表紙には「スウェーデン王立音楽アカデミー会員」と記され,楽譜の売上に多少は貢献したであろう。(6'45")[S:3/P:4]
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序奏とポロネーズ(第5番) Op.175
Introduction et polonaise(Cinquième)[1833前]
連弾(オリジナル)=Schuberth & Niemeyer

★ニ長調 Larghetto:序奏は,付点リズムを多く含んだ緊張感,期待感を高めるモティーフの両者による掛合いが続く。ポロネーズの主題はシンプルな伴奏上の可愛らしいもので,主部の前半はSはほとんど伴奏を担うが,後半は両者による掛合いが増える。変ロ長調の卜リオ的部分ではSによる力強く堂々とした主題が際立つ。華やかな響きで親しみやすく,主題の可愛らしさや甘美なゼクエンツは魅力的だが,臨時記号の省略やミスプリント等に注意が必要。(9'00")[S:4/P:4]
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レスピーギ Respighi, Ottorino(1879~1936) イタリア
ローマの噴水
Fontane di Roma[1916]原曲 交響詩
連弾(自編) =Ricordi,出版情報:プリズム社より「レスピーギ ピアノ連弾作品集」として「ローマの噴水」「ローマの松」「リュートのための古風な舞曲とアリア 第1組曲」を所収。全てスコア形式。

★原曲はレスピーギの代表作の「ローマ三部作(噴水,松,祭り)」の第一作で,色彩豊かな管弦楽法と印象派風の曲想が特徴。連弾でも十分に色彩的,効果的で演奏される価値は十分あり,レスピーギ自身とカゼッラによる連弾演奏の録音も残されている。下記の4部から成り,続けて演奏される。編曲は原曲にほぼ忠実なもので,原曲中のピアノの音型も効果的に取り入れられている。Sの左手にオクターヴ以上の音程の和音も現れるが,両者の手の交差もいかにも連弾曲的。基本的にスコアと同じテンポ指示だが,遅いものは特に工夫が必要。頻繁に調性やテンポ指示が変わるものはそれらの表記を省略した。

[1]夜明けのジュリアの谷の噴水 La fontana di Valle Giulia all' alba:原曲でトレモロ上で木管楽器によって静かに歌われる柔軟なリズムの旋律は,連弾でも効果的。[4'00"](S:4/P:4)

[2]朝のトリトンの噴水 La fontana del Tritone al mattino:軽快に飛び回るようなリズムと,輝かしいアルペッジョやグリッサンドが,朝の光にきらめく噴水を容易に連想させる。[3'00"](S:4/P:4)

[3]昼のトレヴィの噴水 La fontana di Trevi al meriggio:全曲が「英雄的に上行する単一のモティーフの反復とそれらの音色と装飾の変化」と言っても過言ではないが,連弾でも変化に富み,迫力も十分で雄大なスケール。途中,Pの2拍子とSの3拍子が同時に進行する。[3'30"](S:4/P:4)

[4]たそがれのメディチ荘の噴水 La fontana di Villa Medici al tramonto:原曲ではハープとチェレスタによる清澄な音色の伴奏上で,ノスタルジックな旋律が甘美に歌われる。トリルを交えた鳥の囀りも聞こえ,遠い鐘の音が鳴り響く中,すべては夜のしじまに消えて行く。各楽器によって奏される旋律はPとSとの対話になっていて,連弾としても楽しめる。[4'55"](S:4/P:4)
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ローマの松
Pini di Roma[1924]原曲 交響詩
連弾(自編) =Ricordi(スコア形式)

★[1]ボルゲーゼ荘の松 I Pini di Villa Borghese:17世紀にボルゲーゼ公によって作られたローマ市中心部にある名園で遊ぶ子供たち。コントラバスを廃した原曲の響きは誠に軽快で輝かしい。連弾でもピアニスティックで色彩感豊かで輝かしいが,P・Sともに生き生きとしたリズムで颯爽と弾くのは技術的にも非常に難しい。[3'00"](S:5/P:5)

[2]カタコンブ付近の松 Pini presso una catacomba:速い動きがなく,技術的には難しくないが,冒頭の弦楽器群とホルンとの荘重な対話をはじめ,ゆっくりとした旋律のニュアンスの表現と両者の「縦」の合わせは難しい。[6'30"](S:3/P:2)

[3]ジャニコロの松 I Pini del Gianicolo Lento:作曲者の解説によれば「満月をシルエットにして立つ松」。原曲のピアノのカデンツァも効果的に取り入れられ,柔軟なリズムによる,非常に美しく多彩な響きの印象派のピアノ曲に聞こえる。[6'50"](S:4/P:4)

[4]アッピア街道の松 I Pini della Via Appia 変ロ長調 Tempo di marcia:朝霧の中,朝日を浴びて遠くから行進してくる執政官の偉容を誇る軍隊の幻影。ppppで始まりffffのクライマックスに至り,連弾でも迫力十分でスケール豊か。[4'40"](S:3/P:3)
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リュートのための古風な舞曲とアリア 第1組曲(全4曲)
Antiche Danze ed Arie per Liuto I Suite[1917]原曲 管弦楽曲
連弾(自編) =Ricordi

★もともとは16世紀のリュートのための舞曲や歌を,管弦楽用に自由に編曲した作品が原曲。原曲の1,2,4曲にはチェンバロが使われており,作曲者自身による連弾用編曲は原曲にほぼ忠実ながら,強弱記号や特にア-ティキュレーションが微妙に変更されていて,決して安直なものではないことが分かる。明晰なタッチと透明感のある響き,多彩なアーテ ィキュレーションが要求され,特にPの両手は接近しがちだが,古い音楽が逆に新鮮に感じられ,連弾曲としても効果的。なお,スコアにある数字による速度記号は連弾版にはない。

[1]小舞踏曲「オルランド伯爵」 Balletto detto "Il Conte Orland" ニ長調 Allegretto moderato:S.モリナーロの作品に基づく。二部形式で第二部の前半はニ短調に転調されて反復される。スタッカートの付された主題は典雅な雰囲気で,その歩みは落ち着いたもの。[2'45"](S:3/P:3)

[2]ガリアルダ gagliarda ニ長調 allegro marcato:v.ガリレイ(著名な天文学者の父)の作品に基づく。ガリアルダ(ガイヤルド)は北イタリア起源の3拍子の速い舞曲。主部は原曲も連弾版もシンフォニックで壮麗な響きを持ち,ニ音のオルゲルプンクトを持つ andantino mosso の中間部は柔らかな田園風。[3'45"](s:3/p:3)

[3]ヴィラネッラ Villanella ロ短調 Andante cantabile:作者不詳の16世紀末の作品に基づく。ニ長調の中間部を挟み,主部は悲痛な歌がゆったりと歌われ,後半はわずかな変奏を伴う。主部は合わせとバランスが非常に難しい。[5'20"](S:3/P:3)

[4]パッソ・メッゾとマスケラーダ Passo mezzo e Mascherada ニ長調 Allegro vivo - Vivacissimo:作者不詳の16世紀末の作品に基づく。「パッソ・メッゾ」ではキビキビとしたタッチと俊敏な指の動きが必要で,フレーズのp・s間の掛合いが多い。「マスケラーダ」では allegretto の穏やかなものも含み,いくつもの快活な舞曲が登場し,トゥッティによるファンファーレで晴れやかに力強く終曲を締め括る。タイトルは「酔った歩みと仮面舞踏会」「パッソメッゾ舞曲と仮面舞踏会」の訳もある。[4'10"](S:4/P:4)
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リュートのための古風な舞曲とアリア 第2組曲(全4曲)
Antiche Danze ed Arie per Liuto II Suite[1923]原曲 管弦楽曲
連弾(自編) =Ricordi

★16~17世紀のイタリアとフランスのリュートのための舞曲や歌を,管弦楽用に自由に編曲した作品が原曲で,1,2,4曲にはチェンバロ連弾が使われている。連弾版もスコア同様,数字による速度記号を持ち,無論,一部の音の省略はあるものの編曲の忠実度は高い。技術的にはやや難しいが,親しみやすく変化に富み,明快な曲想と溌剌としたリズムを持ち,連弾曲として極めて効果的。

[1]優雅なラウラ Laure soave ニ長調 Andantino:F.カローゾによる舞踏組曲。落ち着いた旋律で始まり,溌剌としたガリアルダ,サルタレッロ,17世紀にフランスで流行した短い舞曲のカナーリオといった性格の異なる舞曲が続いた後,はじめの旋律がより柔和でロマンティックに回帰するが,この部分はPの両手の音の重複が多い。タイトルは「香り高い月桂樹」の訳もある。[4'00"](S:4/P:4)

[2]田園舞曲 Danza rustica ホ長調 Allegretto:J-B.ベサールの作品による。Sによるホ音とロ音の執拗でリズミカルな,いかにも民謡風の伴奏上に,Pによる,軽快なアーティキュレーションを施された旋律が奏される。それにはテトラコードや旋法風の音階が使われ,村の名人たちが次々に得意の楽器を披露する風情で,活気に満ちて誠に楽しく新鮮。[4'00"](S:4/P:4)

[3]パリの鐘・アリア Campanae parisienses - Aria ハ長調 Andante mosso - Largo espressivo:鐘の音を模した「パリの鐘」は作者不詳。中間部の,敬虔な雰囲気のゆったりとした3拍子の「アリア」は M.メルセスの作品。技術的に難しくはないが,合わせとバランスは非常に難しい。[5'30"](S:2/P:2)

[4]ベルガマスカ Bergamasca ニ長調 Allegro:B.ジャノンチェッリ(通称ベルナルデッロ)の作品。北イタリア起源の舞曲で,生き生きとした旋律と快活なリズムに満ち,曲想は多彩でピアニスティック。2小節のバスの動きが執拗に反復される。[4'25"](S:4/P:4)
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レントヘン Röntgen, Julius(1855~1932) オランダ
少年時代より op.4 第1集(全7曲)
Aus der Jugendzeit Heft1.[1873刊]
連弾(オリジナル) =Breitkopf & Härtel

★ドイツ・ロマン派風の親しみやすく変化に富む小曲集で,全曲は3集20曲。1集の7曲は全曲で演奏時間約10分とやや短いが,内容的にはリサイタル用プログラムとしての資格が十分にある。

[1]献呈 Widmung ホ長調 Andante:Sによる波のようなアルペッジョの伴奏上に,Pがオクターヴ離れた両手のユニゾンでゆったりとした情緒豊かな旋律を弾く。P,Sともに技術的には全く難しくはないが,深い情感と情熱に満ちた和声と旋律を表情豊かに合わせて弾くのは難しく,またそれだからこそ連弾の楽しみも味わえる。[1'45"](S:2/P:2)

[2]気軽 Leichter Sinn イ長調 Vivace:軽快で素早い動きのワルツ。Pはオクターヴ離れた両手のユニゾンで旋律を弾くので左手にも器用さが必要。[1'00"](S:3/P:4)

[3]激烈 Ungesüm 嬰へ短調 Allegro con fuoco:Sによるアルペッジョ,Pによる旋律は1曲目と同様だが,曲想は全く対照的で切迫した激しい感情に満ちている。[1'05"](S:3/P:1)

[4]朝の挨拶 Morgengruss ニ長調 Allegro ma non troppo:SとPが歌い交わす爽やかで親密な挨拶。[1'15"](S:2/P:1)

[5]昔の舞曲 Alter Tanz ロ短調 Allegro: f のアウフタクトの直後に1拍目がPとなるため,ためらうような風情がある。ガヴォット風の快活な舞曲で,Sが旋律を担当するロ長調の中間部での持続低音とPのドローンにはトルコ趣味が感じられる。[2'00"](S:3/P:3)

[6]お願い! Bitte! ト長調 Allegretto cantabile:シューマン風の親密な優しさ,穏やかさに満ち,Sの対旋律も魅力的。はじまりはベートーヴェンの「ソナタ op.109」の冒頭を彷彿させる。[1'05"](S:2/P:1)

[7]若い喜び Jugentlust 変ホ長調 Leggiero,ma non troppo vivace:スタッカートが多用された旋律の弾むリズムにも,中間部の心踊る旋律の流動的なリズムにも,まさに「若い喜び」が溢れている。[1'50"](S:4/P:4)
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序奏,スケルツォ,間奏曲と終曲 op.16
Introduction, Scherzo, Intermezzo und Finale[1876]
連弾(オリジナル) =Breitkopf & Härtel

★P,S間の連携が極めて緊密に作られ,役割の交替も頻繁にある。各楽章間の緩急や硬軟,緊張と弛緩の変化の振幅が大きく,深いロマン性と圧倒的な迫力,そして燃焼度の高さを備えたスケール豊かなリサイタル用の注目作。

[1]序奏 Introduction 変ホ短調 Lento:滑らかな主題による3声のフガートの深刻な歩みで始まり,対位法的に荘重に展開される。Pの左手とSの右手によるオクターヴ離れたユニゾンの動きが多く,両者の表情を一致させる必要がある。次の楽章に続く。[2'45"](S:3/P:3)

[2]スケルツォ Scherzo 変ト長調 Allegro molto vivace:明快で躍動的。P,S間での短いモティーフの問答や掛合いが多いが,軽快なリズムの伴奏上の爽快で息の長い旋律も魅力的。夢見るようにロマンティックなトリオI,シンコペーションが特徴的で活発な民族舞曲風のトリオIIを経て,急速なコーダで熱狂的に終わる。[6'30"](S:4/P:4)

[3]間奏曲 Intermezzo 変ロ短調 Allegretto un poco tranquillo:主部は16分音符による密やかで繊細な足取りで,短調と長調の間を滑るように移ろい,半音階的な下降が幻想を深める。対照的に中間部は激しい動きのスケルツォ風。変ホ長調の薄明りの中で終わる。[6'10"](S:4/P:4)

[4]終曲 Finale 変ホ短調 Allegro, ma non troppo, un poco maestoso:複付点リズムを持つ悲槍で勇壮な行進曲風の主題と8つの変奏。主題の旋律は前・後半ともまずPに,次いでSに置かれる。続く変奏では,明暗や緩急の変化の妙を示しながら徐々に緊張感を高めて行く。静かでゆったりとした対位法的な動きの第7変奏で一旦,沈静化されるが,第8変奏では次第に細分化されるリズムをP,Sが弾き合って緊張度と燃焼度を高め,最高潮に達するとSの左手によるトレモロ上に主題が再現された後,変ホ長調に転じて圧倒的な迫力に満ちて華麗に終わる。[12'50"](S:4/P:4)
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主題と変奏曲 op.17
Thema mit Variationen[1878刊]
連弾(オリジナル) =Breitkopf & Härtel

★変イ長調 Andante un poco tranquillo:派手さはないが底光りするようなロマン性に満ちた真摯な作品。主題は前・後半とも8小節で,3度や6度重音による,ゆったりと呼吸するかのような動きの穏やかなもので,途中の変ハ長調への転調が新鮮で印象深い。Pが主題を担当して始まり,第1変奏ではSが主題を担当。以降の変奏では次第に動的なエネルギーを獲得し,カノン風な処理,両者のソロ,手の交差などの各種の技法を織り込み,テンポや一部は調性を変えつつ変奏される。旋律も伴奏も両者が2オクターヴ離れたユニゾンで弾く精力的で輝かしい第8変奏はユニーク。Pによる3度重音の揺れるような動きのLento の第11変奏の後,両者が交互にしみじみと主題を回想するコーダを経て静かに終わる。[10'30"](S:4/P:4)
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スケルツォ op.33
Scherzo[1900刊]
2台ピアノ(オリジナル) =Breitkopf &Härtel(i・ii分冊)

★ロ短調 Vivace:スタッカートが付された厚い和音,2台のピアノ間で反進行するアルペッジョが多用された活発で精力的な主部と,滑らかな動きの息の長いフレーズを持つ平和な中間部を持つ。I,IIのフレーズの交替の機会が多く,リズム上の変化が少ないため,特に学習用に最適な作品。コーダでロ長調に転じて力強く輝かしく終わる。[6'50"](I:4/II:4)
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ルビンシテイン Rubinstein, Anton(1829~94)露
3つの性格的な旋律 Op.9(全3曲)
3 Mélodies Caractéristiques[1847]
連弾(オリジナル)=E. Gérard

★いずれも観しみやすい旋律を持つ,三部形式によるロマン派の典型的なサロン風作品。熟達した書法による洗練された作品とは言えないまでも,特に1,2曲目には豊富な内容か盛り込まれ,若いルビンシテインの強い表現意欲が感じられる。この楽諸には作品番号の記載はなく,別の資料によるが,「Op.9」は 1842年から 48年までの初期作品に付された番号。

[1]ロシアの歌 Chanson Russe ト短調 Allegretto:いかにもロシア風の感傷的な旋律が Pによって奏され,長調への転調を含む中間部の出口の可愛らしいカデンツァを経て,主部が華やかに変奏される。Pは両手がオクターヴ離れたユニゾンで旋律を奏する部分もあるが,冒頭では対旋律も登場し,両手が接近する。Sはほとんど対旋律と伴奏を担う。終わり近くの ffから pへの急激な変化が嘆きの深さを物語る。[3'00"](S:3/P:3)

[2]水の上の夜想曲 Nocturne sur l’eau イ長調 Moderato:揺れるような6/8拍子で,Sが12小節のソロで,ロマンティックな旋律を弾いて始まり,Pがその旋律を弾き継ぐ。中間部はハ長調となり,Sによる,舟歌や水にお馴染みの16分音符によるトレモロ上で,Pが力強く旋律を歌う。両者による小さなカデンツァを挟んで,主部が再現され,テンポの変化が激しいコーダを経て,静かに終わる。4手は接近しがちで,Sにはオクターヴ以上の和音があるが,右手との再配分可能。[4'30"](S:3/P:3)

[3]滝 La Cataracte ホ短調 Andante: Sは首尾一貫して両手で分けて弾く,1拍が4つの16分音符によるアルペッジョが続き,Pの両手は,ほとんど常にオクターヴ離れたユニゾンで切迫した哀切感のある旋律を弾く。強弱の大きな変化は感情の大きな揺れにふさわしい。中間部はロ長調,嬰ヘ短調,嬰ト短調と転調し,減七の和音群を経て,主部に戻る。伴奏の音が厚く響きが重い箇所もあり,バランスには特に注意が必要。[3'00"](S:3/P:2)
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性格的絵画 Op.50 (全6曲)
Character-Bilder[1854~58]
連弾(オリジナル) = Augener

★ロマンティックで親しみやすい小品集。速いテンポの3曲は技術的にも高度で,ルビンシテインのヴィルトゥオーゾ・ピアニストとしての側面がうかがえる。形式的にも緩=急の3組,計6曲の配置は,後のアレンスキーの『子どものための6つの小品 Op.34』やラフマニノフの『6つの小品』のモデルとなった。

[1]夜想曲 Nocturne ホ長調 Moderato assai:12/8拍子の穏やかに揺れるリズムとロマンティックな旋律は舟歌風。Sも旋律や対旋律を担当し,ルビンシテインの連弾曲中,技術的には最も易しいが,両者の表現の一致のための,とても魅力的で有益な練習にもなる。[4'05"](S:2/P:2)

[2]スケルツォ Scherzo ヘ長調 Allegro vivace:快活な旋律は付点リズム,連打音,跳躍が多用された活発なもので,ワクワクするような愉悦感に溢れている。Pは両手がオクターヴ離れたユニゾンの動きが多く,速いテンポでは技術的に非常に難しい。豪快な響きの厚い和音奏も登場して,力強く,元気よく進行するが,急に弱音となる強弱の変化に繊細さが感じられる。[2'35"](S:4/P:5)

[3]舟歌 Barcarole ト短調 Moderato con moto: Pによるメランコリックで情緒豊かな旋律で始まり,Sとの旋律的な掛け合いを経て,ト長調の中間部に入る。ここでは Pがさざ波のような両手によるトレモロを弾き,その下で Sがシンプルな和声進行の旋律を弾き,リズムを前進させる役目も持つ Sの左手のバスが心地良く響く。その後,冒頭の主題が両者のユニゾンで1度だけ再現されて終わるのも印象的で,誠に心憎い。[3'30"](S:2/P:2)

[4]カプリッチョ Capriccio イ長調 Allegro con fuoco:主部は,動きもリズムも気紛れな旋律による,精力的で豪快なワルツ。Pの両手はほぼユニゾンの動きなので,左手には器用さが必要。ホ長調,6/8拍子,Moderato の中間部は主部とは対照的に両者の穏やかなリズム的な掛け合いが続く。主部に戻った後,中間部の雰囲気のコーダで静かに終わる。[4'40"](S:3/P:4)

[5]子守歌 Berceuse ロ短調 Moderato:主部は,Pの左手と Sの右手による密やかで細かい音型の伴奏上で,Pの右手が情緒豊かな旋律を奏する。シンプルな旋律のト長調の中間部は,夢と希望に満ちた雰囲気となるが,根音から短七度上の付加音を持つ減七の和音の,けたたましいベルのようなトレモロによって現実に引き戻され,主部の反復と短いコーダを経てロ長調で平穏に終わる。Sはほとんど伴奏。[4'20"](S:2/P:3)

[6]行進曲 Marche ハ長調 Allegro:ABACAの構造の,力強く快活な行進曲。音が厚く堂々とした響きで,伴奏中心のSにも急速なパッセージがあり,付点リズムや連打音が多用される。Bはイ短調で軽快,Cは変イ長調で始まり,転調を経て Aへの出口となるファンファーレの前では,Sは変ハ長調,Pはロ長調の記譜法が同時に登場する。これまでの曲,特に2,4曲目の特徴的なモティーフが使われ,統一感を高めている。[6'00"](S:4/P:4)
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幻想曲 Op.73(3楽章)
Fantaisie[1865]
2台ピアノ(オリジナル)= B.Senff

★弟ニコライに献呈された,ロマン派の巨人的作品。複雑,精緻な対位法こそ使われていないものの,19世紀的なあらゆるテクニックが駆使され,特に1,2楽章では両者が対等に扱われ,一方が弾く旋律やパッセージを他方が続けて弾く箇所も多い。突然の沈潜や,宗教的な神々しさを感じさせる場面もあり,作品の真価を完全に発揮させるためには,高度なテクニックと演奏力以外に,リストのある種の作品同様に,聴衆に「夢」を見させる「魔術」が必要。説得力のある演奏は至難で,そのために演奏される機会が極めて少ないのであろう。第1楽章の主題群の雄々しさ,雄大なスケールはルビンシテインの大きな魅力だが,それが逆に「大言壮語的」といった批判を招きかねない面もあった。 ※『幻想曲 Op.73』の楽譜について…ismlpの楽譜は,第1楽章の冒頭,ffの指示が消されてppの書き込みがあり,この真逆の書き込みは見る者を戸惑わせる。しかし,この書き込みは勝手な改変ではなく,冒頭がppで始まる版も存在する。こちらの版も音符そのものは,imslp の版とほとんど同じなので,改訂版と呼べるかどうかは不明で(研究書等にも改訂版の記述はない),むしろ「解釈変更版」とするのがふさわしいかも知れない。仮に ismlp版を ff版,「解釈変更版」を pp版とすると,両版の違いのほとんどは音量の変化,速度の変化に関するもので,音が異なる箇所は,第1楽章の486小節以降で IIの3回繰り返される2小節のフレーズが1小節分,後ろに送られたうえ2回に減らされ,第2楽章の最終小節の音価が付点二分音符から四分音符と休符群に置き換えられ,最大の変更として第3楽章の,アルペッジョとトレモロによる前進感と迫力に富む第5変奏がカットされ,第10変奏の30小節目以降のI,II右手の和音群の音価を縮めて間に休符を入れている等である。速度の指示の大きな変更は第2楽章の冒頭が Moderato → Moderato assaiに,下記の解説中で Bの部分が Vavace → Allegro non troppoに,第3楽章で(ff版で)第10変奏が Allegro → Moderato con moto(pp版では第9変奏)等である。総じて pp版への変更は,音量は弱音側に傾き,テンポは遅目となり,よりデリケートな演奏効果が意識されており,con espressioneといった指示も随所に書き込まれている。S.Larryによる An Annotated Catalog of Piano Works and Biography (Greenwood Press.1998)の譜例は pp版であり,下記の解説も pp版に基づく。両版で演奏時間の差はわずかで,ff版では第2楽章が1分弱ほど短くなる。

[第1楽章] ヘ短調 Lento-Allegro con fuoco: ppだが幅広い和音で始まり,トリル群と上昇する音階に続く8小節の序奏を経て,Iのソロが,厚い和音による巨人的な第1主題を ffで奏し,次にIIのソロがこれを弾き継ぐ。経過句を経て,一方が旋律,他方が伴奏で,変イ長調からイ長調に至る,力強く英雄的な第2主題が登場する。更に別の経過句を経て,変ニ長調の瑞々しく叙情的な第3主題が現れる。その後,主題群の展開,他のモティーフの反復が続く。再現の際に転調される主題もあるが,自由な形式は「幻想曲」のタイトルにふさわしい。両者にオクターヴ以上の和音があるほか,Iには両手とも3度,6度の重音のトリルがある。[14'00"](I:5/Ⅱ:5)

[第2楽章] 変イ長調 Moderato assai-Allegro non troppo: 両者の対話による静かで瞑想的な部分Aと,跳躍と素早い音階的な動きが頻出する活発で舞曲的な部分Bが交互に置かれ,ABA´B´の構造となる。Bの途中は 2/4拍子と 6/8拍子が同時に進行し,Aの冒頭の主題が拡大されて用いられ,B´ではAの後半から派生した旋律がおおらかに拡大され,舞曲的なリズムや動きと共に奏される。[7'15"](I:5/Ⅱ:5)

[第3楽章] ヘ短調 Andante con moto:主題に11の変奏とコーダが続く。ほとんどIのソロによる16小節の主題は,半音階的下降が特徴的な,諦観にも満ちた,しみじみとしたもの。第1変奏はIIが主導して主題を変奏し,以下,連打和音による激烈な第4変奏までは交互に主導権を握る。一方のトリルに他方が和音で応える重々しい第5変奏からはテンポが上がるが,第6変奏はリズミカルで軽快。どちらも悲劇的ながら,劇的で情熱的な第7変奏と,対照的に繊細な第8変奏,つぶやくようにフガート風に始まり,鬱屈した激情に満ちた第9変奏,次第に主題の回帰が明瞭になるが,変イ長調の優しい明るさに溢れた第10変奏,ヘ音の連打音が持続低音となり,緊張感を高める第11変奏を経ると,唐突にヘ長調,Adagioのコラール風のコーダとなり,アーメン終止で静かに終わる。[14'00"](I:5/Ⅱ:5)
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ソナタ Op.89 (3楽章)
Sonate[1871]
連弾(オリジナル)=E.Gèrard

★演奏時間30分以上の大作だが,魅力的で親しみやすい旋律に満ち,ロマンティックな初々しさと名技的な迫力のバランスが良く,再発見される価値が十分にある。大小の推移部の多くはアルペッジョが多用されて,即興的な印象を与え,第1楽章の華々しい70小節のコーダは,第3楽章でそっくりそのまま再現される。各楽章は独立して終止しているが,楽譜上は続けての演奏が意図されている。

[第1楽章]ニ長調 Moderato con moto: Sのアルペッジョ上で,Pが伸びやかな第1主題を奏して始まり,両者のユニゾンによる力強く晴れやかな副次的な主題と,幅広いアルペッジョを経て,へ長調 Allegro non troppo の,より叙情的な第2主題に至る。展開部では副次的な主題が展開された後,対位法的な書法も使われ,173で Pの左手に,その後 Sに現れる,シンコペーションが延々と続くユニークな主題は,第1主題の遠い変形であろうか。再現部では一度,沈潜した後,徐々に盛り上がり,華々しいコーダで終わる。[15'00"](S:4/P:4)

[第2楽章]ニ短調 Allegro molto vivace:高音域から低音域まで,四度音程での下降,連打和音と上昇する半音階に満ちた,力強く活発なスケルツォ的な楽章。トリオに相当する部分は,変ロ長調,6/8拍子,Moderato con moto となり,気楽に散歩する気分の主題は,これも第1楽章の第1主題との微かな類似がうかがえる。主部に戻った後,激烈なコーダで終わる。[8'35"](S:4/P:4)

[第3楽章]イ長調 Andante-ニ長調 Allegro assai:両者が手を交差させながら,Sの右手が,格調高い滋味溢れる穏やかな主題を奏して始まり,嬰ヘ短調のフガートに続く。Sによって弾き出されるフガート主題は,5連符の装飾音風の動きを含む,軽快な運動性を備えたもので,両者によって展開されると,冒頭の主題の短い変奏部分を挟み,さらに冒頭の主題とフガート主題が同時に展開される。その後は冒頭の主題の回帰,推移部と続く。変化に富む凝った構成を備え,第1楽章のコーダで華やかに幕を閉じる。[10'55"](S:5/P:5)
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仮装舞踏会 Op.103 (全20曲)
Bal costumé[1879]
連弾(オリジナル)=Bote & Bock

★「性格的小品による組曲」の副題を持ち,全20曲の演奏時間は2時間を超える超大作。ルビンシテイン自身,この作品を少なくとも3回演奏したと伝えられるが,全体的に反復部が多く,飽きさせないように聞かせるには,卓越した演奏力が必要。全20曲のほとんどは生き生きとした舞曲で,1曲目と終曲以外は古今のさまざまな国や地方の種族の,一対の男女に因むタイトルを持ち,金色で彩られたボーテ・ウント・ボック版の表紙には,豪華な広間での仮装した人々が描かれ,当時の舞踏会の様子を伝えている。全曲演奏はともかく,各曲の曲想も多彩で,それらの旋律は親しみやすく魅力的でユニークな作品も含まれ,特に人気の高い数曲はさまざまに編曲されて演奏された。

[1]序奏 Introduction ニ長調 Moderato con moto:19世紀初頭には,舞踏会の開始はメヌエットから華やかなポロネーズに替わったが,ここでも堂々としたポロネーズで始まる。主部はファンファーレが鳴り響く中,威厳に満ちた足取りの入場の雰囲気で,変ロ長調の中間部は流麗な舞曲となり,ダ・カーポで主部に戻り,にぎやかなコーダで終わる。Pの両手はほとんどがオクターヴ離れたユニゾンで,全体の響きは厚い。[8'20"](S:3/P:3)

[2]占星術師とジプシー女(15世紀) Astrologue et Bohémienne (ⅩⅤsiècle) ロ短調 Moderato assai:Sによる厳粛で重々しい動きは占星術師の不吉な予言を,Pの活発な動きはジプシー女の身のこなしと踊りを連想させる。P,Sともに両手はユニゾンの動きがほとんど。[2'00"](S:1/P:3)

[3]羊飼いと羊飼いの女(18世紀) Berger et Bergère(ⅩⅧsiècle) ト長調 Con moto moderato:のどかな旋律,持続低音,6/8拍子と2/4拍子の混在が,さわやかな田園的雰囲気をかもし出す。ロ短調~イ短調の中間部の Sの動きは,にわかに黒雲が湧くかのよう。[3'10"](S:2/P:3)

[4]公爵と公爵夫人(18世紀) Marquis et Marquise(ⅩⅧsiècle) 変ロ長調 Moderato assai:主部は典雅なメヌエット風で,Pは装飾音の多いきらびやかな旋律と,3度重音の進行を優美に弾くのがやや難しい。ヘミオラを含んで,よりロマンティックな変ト長調の中間部を持ち,ダ・カーポして主部を反復する。[5'20"](S:3/P:4)

[5]ナポリの漁師とナポリの女(18世紀) Pècheur Napolitain et Napolitaine(ⅩⅧsiècle) ニ短調-ト長調 Allegro non troppo:急速なタランテッラだが,テンポの指示はAllegro non troppo で終止の15小節前でPresto となる。それまでは,より情緒豊かで表情の変化に富んだ演奏が必要。Pの両手の多くはユニゾンの動きだが,11,12小節の書法からはルビンシテイン自身が大きな手と柔軟な指を持っていたことがうかがえる。途中,Sによって 3/4拍子のおおらかな旋律が歌われ,2つの異なる舞曲が眼前で展開される趣がある。[4'00"](S:3/P:4)

[6]騎士と女城主(12世紀) Chavalier et Châtelaine(ⅩⅡsiècle) 変ホ長調 Moderato assai:壮麗なファンファーレを伴う,(反復されて)かなり長い威厳に満ちた入場の儀式で始まり,両者の親密な語らいは,イ短調~変イ短調まで転調を経る,騎士の波乱に富んだ劇的な冒険譚に移る。ダ・カーポで冒頭の儀式に戻り,コーダの一層豪華なファンファーレで終わる。[7'10"](S:4/P:3)

[7]闘牛士とアンダルシアの女(18世紀) Toréadore et Andalouse(ⅩⅧsiècle) ハ短調-ハ長調 Allegro non troppo:ギターを模した Sの伴奏上で,Pはユニゾンの動きが多い旋律を弾く。コンパクトだが,全体が反復される。技術的よりもスぺイン風のリズムと旋律の歌い方が問われる作品。[3'40"](S:3/P:3)

[8]巡礼者と幻想(宵の明星) Pélerin et Fantaisie(Étoile di soir) 変イ長調 Moderato assai: 物語性が感じられる作品で,巡礼者の歩みは Sのソロで奏され,立ち止まって夕空を見上げると,Pのアルペッジョにより金星がまたたく。その後の Sの静かな伴奏上で Pがロマンティックな旋律を歌う部分を経て,星の光の下,巡礼者は遠ざかって行く。金星の精,あるいは女神は実在しないので,巡礼者の見る幻想なのか。[4'45"](S:3/P:1)

[9]ポーランド人とポーランドの女(17世紀) Polonais et Polonaise(ⅩⅦsiècle) ハ長調 Allegro:明朗でダイナミックなマズルカが何度も現れ,間に調性や曲想の異なるマズルカが置かれる。一部は Sも旋律を奏するが,大部分は Pが,それもほとんどが両手がオクターヴ離れたユニゾンで旋律を弾く。[4'45"](S:2/P:3)

[10]ボヤールとボヤール夫人(16世紀) Bojar et Bojarine(ⅩⅥsiècle) ト長調 Moderato:「ボヤール」はロシアの高位の貴族。主部は2小節の落ち着いた歩みのフレーズを,Sと Pが交互に歌い交わして始まるが,Pの旋律は2声が交錯する。少しテンポが上がるト短調の中間部は,「ヴォルガの舟歌」の旋律が現れる。[5'00"](S:2/P:2)

[11]コサックとロシアの少女(17世紀) Cosaque et Petite Russienne(ⅩⅦsiècle) ホ短調 Andante con moto - ホ長調 Allegro non troppo:前半は哀愁と感傷を含んだ旋律を,まず Pが弾き,小カデンツァを経ると Sが旋律を担い,小カデンツァを経て躍動的なコサックのダンスが始まる。この主題は2小節ずつ mpと mfの指示があり,より躍動感が増す。終わりに向かって音の厚さも迫力も増すが,両者とも,特に Pは優れた和音奏のテクニックが要求される。[7'30"](S:4/P:4)

[12]トルコの高官とエジプトの舞姫(18世紀) Pacha et Almée (ⅩⅧsiècle) イ短調-イ長調 Moderato:高官の威厳に満ちた行進と舞姫のしなやかな踊りが交互に現れる。どちらもエキゾチックだが,それらの曲想は対照的で,実にユニークな作品。行進では伴奏の空虚5度の太鼓の響きやリズム,持続低音,旋律の動きが異国風な気分を高め,ここでの Sは ppから ffまでの,歯切れ良いリズムの急速な連打和音を奏する。舞姫の踊りは,はじめはハ長調,2度目はイ長調で,2度目は両者が手を交差させて旋律を弾く。[6'20"](S:4/P:3)

[13]領主と貴婦人(アンリⅢの宮廷より)(16世紀) Seigneur et Dame(de la cour Henri Ⅲ)(ⅩⅥsiècle) ニ短調 Andante-ヘ長調 Moderato:ゆったりとした3拍子のサラバンド風に始まり,軽快で動的な2拍子のガヴォット風,滑らかで穏やかな旋律の田園風の,3部分から成る擬バロック的な作品。各部の反復が多いうえ,ダ・カーポして1,2部が反復されるため演奏時間は長い。[10'10"](S:2/P:3)

[14]野蛮人とインド人の女(15世紀) Sauvage et Indienne (ⅩⅤsiècle) 変ロ短調 Moderato:主部は両手のユニゾンによるアルペッジョと厚い連打和音が頻出し,激烈で,また輝かしい。対照的に変ト長調~変イ短調の中間部は,優しく柔らか。[3'00"](S:3/P:3)

[15]ドイツの貴族と姫(16世紀) Patricien Allemand et Domoiselle(ⅩⅥsiècle) 変ニ長調 Moderato con moto:非常にロマンティックな多声的な作品で,冒頭,Sのソロによる主部の落ち着いた歩みの主旋律は左手で奏される。やがて Pによる憧れと慰めをたたえた旋律が現れ,2人の対話やデュエットが展開されると,変ロ短調のやや緊迫した部分に平穏なヘ長調の部分が続く中間部に入る。その後に主部が回想される。[5'40"](S:2/P:2)

[16]騎士と小間使い(18世紀) Chevalier et Soubrette (ⅩⅧsiècle) ヘ長調 Con moto:テンポの変化が多い,甘やかで優美な曲想は騎士の甘言か,小間使いの媚態か。技術的以上に洒落たセンスが問われる作品。中間部の終わりに少し深刻な場面がある。[4'50"](S:3/P:3)

[17]海賊とギリシアの女(17世紀) Corsaire et Femme Grecque(ⅩⅦsiècle) ニ短調 Moderato:テンポの指示は Moderatoだが,2/2拍子で Sによる伴奏は大半で1拍が8個の16分音符で進行するので,緩慢さはまったくなく,大波が荒れ狂う感がある。Pによる旋律も打ち寄せる大波のように激しく,静かで平明な箇所は,終わり近くの変ロ長調の短い部分のみ。[4'25"](S:3/P:3)

[18]王様の鼓手と酒保の女商人(18世紀) Royale Tambour et Vivandière (ⅩⅧsiècle) 変ロ長調 Moderato con moto:主部は 6/8拍子と 2/4拍子が混在し,Sのソロによる重々しい太鼓のリズムで始まり,Pの明朗で楽しく,時にユーモラスな旋律が加わる。軽快に動き回る部分を挟んで,中間部は堂々とした行進曲となる。ファンファーレを経て,主部が反復され,賑やかなコーダで終わる。[6'25"](S:3/P:3)

[19]吟遊詩人と女君主(13世紀) Troubadour et Sauveraine (ⅩⅢsiècle) ト長調 Moderato:濃密なロマン性と物語性に富み,主部は吟遊詩人が語り出す詩に,女君主が愛と憧れの言葉で答える。中間部は Pの連打和音の伴奏の下で,Sがよりロマンティックな詩を紡ぎ,不安をかきたてる 6/8拍子と 3/4拍子が交錯する部分を経て,次第に激した後,主部が回帰する。[8'30"](S:3/P:3)

[20]舞曲集 Danses ニ長調 Allegro-Moderato con moto-Allegro vivace:これ1曲で左右見開き36ページ,リピート無しで数えて813小節(シューベルトの『幻想曲 ヘ短調』を超える),リピートすると演奏時間は17分という超大作。舞踏会の最後の舞曲はワルツという伝統に従い,華やかなワルツで始まり,イ長調,2拍子に変わって,重音による進行が特徴的なポルカ,そして急速なギャロップと続き,豪快なコーダで全曲を締めくくる。各部の反復が非常に多いため,聴衆を飽きさせない工夫が必要。[17'00"](S:3/P:5)
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