ノスコフスキ Noskowski, Siegmund (1842~1912) ポーランド
クラコヴィアク集 Op.7(全6曲)
Cracoviennes[1880刊]
連弾(オリジナル)=J.Rieter-Biedermann

★シンコペーションが特徴的なクラクフ地方に起源を持つ舞曲による曲集。いずれも軽快で躍動的なリズムを持ち,次々に登場する旋律は親しみやすいうえに実に味わい深い。Sも旋律を弾く機会が多く,両者の掛合いも面白く工夫されている。これまで全く顧みられなかったのが不思議なほど,楽しく魅力的な作品集。

[1]嬰へ短調 Moderato assai:Sの右手による,チェロに適するような深い抒情と憂愁をたたえた旋律で始まる。この旋律がロンドの主題のように幾度も現れ,またこの旋律の冒頭が,快活な旋律を中断して現れ,曲想に変化と深みを与える。調性が異なる速いテンポの快活な舞曲がいくつも登場し,長い反復部分を持つ。[5'35"](S:3/P:3)

[2]婚礼の騎手 Ein Hochzeitsreiter ホ長調 Allegro con fuoco:ポーランドでは自動車が普及するまで,花婿は馬で結婚式場に向かうのが一般的であったとされる。Sは終結部の4小節以外,すべて軽快な伴奏を担い,Pは歓喜に満ちた急速な旋律を弾く。Pの両手はオクターヴ離れたユニゾンの動きが多く,左手にも器用さが要求され,特に速いテンポで颯爽と弾くためには高度なテクニックが必要。[2'10"](S:4/P:4)

[3]へ長調 Allegretto poco animato:極めて魅力的な民謡風の明朗な旋律を持つ。Sは終結部で回想的に旋律を奏するほか,リズミカルな伴奏を担うが,伴奏型は実に変化に富み,多彩で飽きさせない。主題後半のモティーフの反復の際の,和音の変化が素晴らしく,盛り上がった末の最後の和音が弱音で終わるのに象徴されるように,明るくさわやかな詩情の中に,微かにはかなさが漂う佳品。[2'30"](S:3/P:3)

[4]変ロ短調 Moderato mesto e sosutenuto:冒頭のゆったりとした歩みのPによる旋律は,短調と長調と間を頻繁に行き来する趣深いもの。変ロ長調の部分では,SがPと手を交差させながら冒頭の旋律を自由に変奏し,Pは対旋律を加える。続く中間部の変ト長調の部分はテンポも速まり,極めてロマンティック。終り近くのPの両手の弱音による高音域の繊細で微かな輝きも印象深い。対位法的な処理が多く,P自身による,あるいは両者のデュエットが魅力的。[5'00"](S:3/P:3)

[5]変ホ長調 Allegro non troppo:冒頭の旋律はリズミカルで快活な性格で,軽快なアーティキュレーションが陽気な気分を高める。少しテンポを緩めたメロディアスで多声的な変卜長調~変ホ短調の部分が続き,主部となる。トリオは変イ長調で行進曲風。冒頭の旋律はPとSによるユニゾンで,アーティキュレーションを一致させるのが難しい。[4'15"](S:3/P:3)

[6]ロ短調 Allegro con spirito:民族舞曲風の活発なリズム上に,旋回するような動きの急速な旋律を持つ。広い音域が使われ,響きは重厚で力強い。ややテンポを落とした滑らかな旋律がロマンティックに歌われるロ長調の中間部を挟み,熱狂的に盛り上がって終わる。[2'50"](S:4/P:4)
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ルテニアの旋律集 Op.33(全8曲)
Mélodies Ruthéniennes[1891刊]
連弾(オリジナル)=Augener & Co.

★ルテニアはウクライナ西部とポーランド南東部にまたがる地域の歴史的名称。「ガリツィアとウクライナ地方の民族の歌と舞曲による8つの性格的小品」の副題を持ち,いずれもシンプルな旋律(副題が示すように,原曲があるのだろう)が豊かに,そして変化に富んで和声付けされ,対位法も加えた熟達した連弾書法によって処理されている。

[1]聖歌とコロムイカ Cantique et Kolomyjka イ短調 Poco maestoso Allegretto animato:冒頭は5音音階による素朴な主題を,Sの左手以外の3手がそれぞれオクターヴ離れたユニゾンによる厚い響きで堂々と歌う。その後,この主題がP,S間で交互に歌われるさまは聖歌隊による合唱の雰囲気で,終り近くで民族舞曲の軽快なリズムが予告され,そのまま「コロムイカ」に続く。これはリズミカルで快活なウクライナの舞曲で,多彩な伴奏型と対旋律が作品の興趣を増している。[2'40"](S:3/P:3)

[2]歌 Chanson へ長調 Andantino cantabile:ゆったりとした旋律で穏やかに始まり,広い音域でオクターヴを多用して英雄的に大きく盛り上がるが再び静まって終わる。主部の6小節の伸びやかなフレーズがいかにも民謡風。[3'00"](S:3/P:3)

[3]聖歌と変奏 Cantique varié 変ロ短調 Andante con moto:「聖歌」といっても,重々しく語られる悲劇に満ちた叙事詩のような感傷的で民謡風の主題に,4つの変奏が続く。コンパクトな構成と極めてロマンティックで親しみやすい曲想が特徴。旋律を担当するのは,主題から各変奏毎にP・S・P~と交替する一方,伴奏も対位法的で,決して安直なものではなく,各変奏の軽・重,静・動の変化も大きい。最後の変奏は変ロ長調で,Sによる伴奏は流動的なリズムを持ち,特にロマンティック。4小節間の反復進行の cresc.の頂点がpという指示も蠱惑的。[4'10"](S:4/P:4)

[4]ルテニア舞曲 Danse ruthénienne ニ長調 Poco Allegro:力強く,シンプルなリズムのいかにも民謡風の旋律を持つ。同一フレーズの反復が多用されるが,和声を変えて変化を与えている。テンポを落とすト短調の中間部では曲想も静まるが,後半はテンポを戻してSによる伴奏に対位法的な処理を加えながら,賑やかに輝かしく終る。[3'00"](S:3/P:3)

[5]ロマンスと小歌 Romance et chansonnette ト短調 Andante cantabile - Allegro non troppo:「ロマンス」は哀調を帯びた旋律が表情豊かに歌われ,Sによる繊細な対旋律が悲哀の度を高める。その一方で変ホ長調の「小歌」は,5音音階による軽快でシンプルな民謡風の3小節フレーズが執拗に反復されるが,伴奏は反復毎に変化を伴い,飽きさせない。その後,伴奏のリズムが一層細分化されて「ロマンス」が再現され,ト長調の主和音のトレモロで消えるように終わる。[3'30"](S:4/P:3)

[6]トロパーク Tropak イ長調 Allegro gajo:タイトルは「トレパーク」のウクライナでの呼称。主部は明朗,快活で力強く輝かしい。Sは伴奏に徹するが,対旋律と反復の際の和声の変化が興味深い。対照的に感傷的な嬰へ短調の中間部は,ルバートやテンポの変化,反復時の各声部の強調など,面白く聴かせるための演奏上の工夫の余地が多くある。30と70小節目のSの右手,はじめの和音の最下音の本位記号は嬰記号の誤りではなかろうか。またgajo=gaioで「陽気な」。[2'00"](S:3/P:3)

[7]瞑想 Zadumka へ短調 Andante - Allegretto tranquillo:Andanteの部分では,Pによる熱を帯びた粘性の旋律に拍子の異なる小節が挟まれ,奔放な雰囲気と情熱を高め,Sによるラプソディックで変化に富む伴奏が,その傾向を強めている。Allegrettoの部分はリズミカルで軽快な曲想で,へ短調に始まり変イ長調に転じる。その後,両者が短縮されて反復され,テンポを速めて終る。Sに頻出するトレモロが嘆きを深める。ノスコフスキにはこのタイトルを持つ作品がほかにも数曲ある。[2'45"](S:4/P:4)

[8]田舎の踊り Danse rustique 変ロ 長調 Allegretto:快活で明朗な舞曲が続き,色とりどりの衣装の踊り手たちが,入れ替わりながら披露する祭りでの踊りを見る思いがする。中ほどの,ト短調のややゆっくりとした感傷的な部分では,1曲目の冒頭と同じく,Sの左手以外の3手がそれぞれオクターヴ離れてユニゾンで旋律を奏する厚い響きが登場する。[2'55"](S:3/P:3)
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ノッテボーム Nottebohm, Gustav (1817~82) 独
バッハの主題による変奏曲 Op.17
Variationen über ein Thema von J.S.Bach[1865刊]
連弾(オリジナル)=Breitkopf & Härtel

★ニ短調 Andantino:「フランス組曲 第1番」中の,小品ながら滋味溢れる「サラバンド」が主題で,ロマン派の格調高い変奏曲に仕立てられている。主題はピカルディ3度を廃した以外,原曲の改変はわずかで,右手のパートの音をSに配してP・S間のバランスを整えている。メロディアスな16分音符の連続がP・S交互に現れる第1変奏も,激情が噴出する第2変奏も両者の役割の交替が顕著。第3変奏はリズムは平静だが2度が悲劇的に響く。揺れるようなリズムを持つ第4変奏は,中間部でのニ長調への転調が曲想を際立たせている。続く第5変奏はニ長調で拍子も前と同じく 6/8 であり,自由なカノンによる穏やかな曲想。第6,7変奏は拍子も 2/4 に変わり,軽快でキビキビとした動きのもの。4声のフガートによる重々しい第8変奏を経て,トッカータ風で華麗な第9変奏で終わる。第8,9変奏はピカルディ3度で終止し,最後の壮麗さを引き立てている。なおライネッケも同じ主題による変奏曲を残しており,そちらは変奏毎の変化の振幅が大きいのが特徴だが,こちらからはよりスケール豊かな印象を受けるのは,単に変奏の数が一つ多いだけではなく,複数の変奏を通しての構成が意識されているためであろう。[18'10"](S:3/P:3)
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