97. 「ネットによる広がり・・・ユオンの師,アレンスキーのデュオ作品 その3 傾く星座」

93,94ではシブリー*1)IMSLP *2) のアレンスキーの編曲されたデュオ作品に触れたが*1)*2),もう1曲,オリジナル連弾曲で決して見逃すことのできない傑作がある。それがアレンスキー最晩年の「12の小品(中くらいの難度) Op.66」である。「アレンスキー/12の小品 Op.66」表紙

不思議なことに現在,シブリーには前半の2集6曲だけしかないが,lMSLP には4集全12曲が揃っている。*3) [編集部注:左の画像をクリックすると拡大画面がご覧いただけます。]

アレンスキーがかなり高額の年金を貰ってペテルブルグの宮廷合唱団楽長を退職したのが1901年。「12の小品」はそれより後の1903年の作品である。若い頃から酒と博打に耽っていたアレンスキーだが,年とともにその乱脈ぶりは強まり,晩年は生活も乱れ,健康も酷く害されていたという。

ご承知のように4曲のアレンスキーの2台のピアノのための「組曲」には,すべて「ワルツ」が含まれ(タイトルは第2番は「コケット」,第4番は「ロマンス」だが)1〜3番の「ワルツ」はいずれも華麗で軽快,そして独特の洒脱な艶っぽさに満ちているのに対し,1901年の作品である第4番「ロマンス」では甘美なノスタルジーとともに深い憂愁が色濃く漂っているのは,当時のアレンスキーの健康や私生活の状況と決して無関係ではないのだろう。その「組曲 第4番」よりも更に後の作品である「12の小品」では,こうした傾向は一層深まっていて,その曲想は枯淡の境地に達している。

アレンスキーのオリジナル連弾曲としては,「子供のための6つの小品 Op.34」が知られているが,私には最晩年の「12の小品」の方がずっと好ましく思える。優美な「ガヴォット」「メヌエット」,リズミカルな「バラード」,軽快な「ポルカ」も決して悪くはないが,「前奏曲」「エレジー」「慰め」「ワルツ」「行進曲」「ロマンス」「スケルツォ」「子守歌」特に魅力的である。この曲集中の各曲には,旋律の進行によって二度の響きが生じる場面が多く,それがある瞬間は甘く懐かしく,そしてまた別の瞬間には悲しく痛切に響く。

1曲目のホ短調,Adagio「前奏曲」は,バロック風のスタイルにロマンティックな味付けを施した作品で演奏時間は約2分半深い哀感と孤独が感じられ,こうした作品をお探しの方には最適の作品である。5曲目のハ短調,Andante「エレジー」二度の痛切な響きが際立ち,中間部の P S とのカノンの動きも面白い。演奏時間は約2分40秒。次のト長調,Allegretto「慰め」は,サラサラと流れる即興曲風で,演奏時間は約45秒。7曲目のハ長調,Allegro non troppo「ワルツ」明るく優美な中にも透明な憂いが交じり,生命力が昇華しつつ減衰していく風情が実にはかなくも趣深い。演奏時間は約3分20秒。充実したリサイタルの最後のアンコールが,この作品によって静がに幕が下ろされるのはどんなに印象的であろうか。次のト長調,Allegro「行進曲」は一転して精気に溢れ,中間部の S はショパンの「英雄ポロネーズ」さながらの迫力で,演奏時間は約3分。9曲目のハ長調,Andante「ロマンス」は,演奏時間は約1分の短い作品だが,少し連弾に慣れた生徒に最適の教材ともなる。完全に四声体で書がれ,1手が1声を担当するので,バランスや表現のとても良い練習になる。 10曲目のハ短調,Allegro 「スケルツォ」は,作品番号がひとつ前の,2台のピアノのための「カノン形式の組曲 Op.65」の「小スケルツォ」と主題のリズムが同じなのが興味深いが,それ以上に主部の中間部の変ハ長調の夢見るような部分が素晴らしい。演奏時間は曲集中,最長の約5分。テンポが速いと,精妙な和声をじっくり味わえずに残念だ。 11曲目の変ロ長調,Andantino「子守歌」は,限りない優しさに満ちて,柔らかく下降する動きが穏やがな眠りを誘う。演奏時間は約3分

「門松は冥途の旅の一里塚〜」という歌もあるように,まさに「傾く星座」といった風情にふさわしいこの作品は,意外にお正月向きがも知れない。

【参考情報】
*1)[松永教授のとっておき宝箱] 「93.ネットによる広がり・・・ユオンの師,アレンスキーのデュオ作品 その1」
*2)[松永教授のとっておき宝箱] 「94.ネットによる広がり・・・ユオンの師,アレンスキーのデュオ作品 その2」

*3)[IMSLP] 「アレンスキー/12の小品 Op.66」検索結果

【2011年1月8日入稿】