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今回もシブリー*1)と lMSLP *2) にあるアレンスキーの貴重なデュオ作品のファイルの続き。 2台のピアノのための「組曲 第2番」は,「組曲 第1番」以上の傑作として知られており,演奏される機会もまた多い。「組曲 第2番」の初版はユルゲンソン社から出ており,アレンスキー自身による連弾版の表紙には,献呈者としてロシアの名ピアニストであったパウル・パブスト*3) の名が書かれている。[編集部注:左の画像をクリックすると拡大画面がご覧いただけます。] ずいぶん昔の話になるが,この原曲の2P版の楽譜が東京文化会館音楽資料室 *4) にあるのを知った時は,大いに喜んだものである。今ならシブリーや IMSLP がなくても,海外の中古楽譜店のネットショッピングという手もあるが,そんな便利な手段のない当時,この資料室の存在価値は相対的には今よりずっと高かった。しかし1954年にこの資料室に収蔵されたその楽譜からは,既に献呈者名は消されており,その後ようやく再版された楽譜にもパブストの名はなかった。それはそうと,1995年にはスコア形式の全音版も登場*5) してこの傑作がより身近になったのはご存じの通りである。 この全5曲の「組曲 第2番」でのアレンスキーによる連弾用編曲では,2曲目に当たるワルツ,「コケット」が特に注目に値する。原曲の特徴である華麗な装飾的パッセージを大胆にも全部カットしているのだ。なにかと動きが不自由な連弾で中途半端に編曲するよりも,装飾的パッセージがなくてもなお,演奏しやすさによってメロディの魅力を発揮する方を選んだのであろう。実際,このメロディはそのラインもリズムも,もともと装飾的な要素を多分に含んでいて,これで十分に魅力的である。そして組曲中で最もチャーミングなこのワルツを簡単に弾けるように編曲したのは,前回も書いたように*6) アレンスキーの親切心か出版社の商魂のどちらか,あるいは両方であろう。 だが逆に連弾用編曲によって難しくなった箇所もある。最後の「バレリーナ」では,原曲では I が右手で弾く3連符の急速な装飾的パッセージ(18−26小節)を,プリモ(以下P)が左手で弾かなくてはならないので,Pは左手も流暢な動きが必要になる。このファイルの元の持主も苦労したらしく,26小節目には指使いが書き込んであり,この持主は親指を軸とした運指を選んでいる。[編集部注:左の画像をクリックすると拡大画面がご覧いただけます。] こうした痕跡を,邪魔に感じる人もあるかも知れないが,見方を変えれば先人の足跡をたどるようでまた楽しい。 この種の書き込みは,時にはミスプリの訂正もあって便利な場合もある。もっとも前回ご紹介した「組曲 第1番」のファイル中,「ワルツ」での P の15ページの4段目,2小節目の3拍目のA音に斜線が引かれ,G音に訂正してあるが,ここはこのままのA音が正しい。[編集部注:左の画像をクリックすると拡大画面がご覧いただけます。] P だけ弾くと妙に響くが,この後の転調している部分と同じく,ここは属十三の和音であり,その複雑な響きがオシャレ感を増している。 話が逸れたが「組曲 第2番」の「バレリーナ」に話を戻すと,ユルゲンソン版では35小節目の I による和音のトレモロの数と音価が不整合となっていて,これを全音版では誤りとして訂正してあるが,連弾版では両版とはまた異なる書き方をしており,この連弾版は単に珍しいだけでなく,2P版でこの作品を演奏する際にも目を通す価値がある。 またこの作品には作曲者自身によるオーケストラ版もあり,打楽器が活躍する華麗なスペイン情緒に満ちた「バレリーナ」を聴けば,ピアノで弾く際のイメージ作りの参考になろう。有名作曲家自身によるオケ版,2P版,連弾版の3種が揃っている作品は数少なく,ラヴェルの「ボレロ」とリストの交響詩あたりに例があるくらいではなかろうか。 なおアレンスキーは「組曲 第3番 Op.33」のオケ版も作っており,lMSLPには2P版しかないが,シブリーではその両方を見られる。*7)
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