93. 「ネットによる広がり・・・ユオンの師,アレンスキーのデュオ作品 その1」

パウル・ユオン(Pau1 Juon 1872〜1940)*1) は,モスクワ音楽院にも入学してアレンスキー*2) に師事したことは既に書いたが,そのアレンスキーのデュオ作品のファイルがシブリー音楽図書館*3) にはたくさんある。「2台のピアノのための組曲」の3,4番や,ピアノと管弦楽のための「リャビーニンの主題による幻想曲 Op.48」の作曲者自身による2P版*4) など,かつては人手困難だった多くの楽譜が手軽にできる。

「リャビーニンの主題による幻想曲」は,演奏時間10分弱。いかにもロシア風の感傷的なメロディ,幅広く華麗なアルペッジョと豪快な和音,原曲ではティンパニのロール上の独奏ピアノのカデンツァ風のパッセージなど,派手な演奏効果満点の作品であり,2台のピアノで弾いても面白い。

しかしさらに驚くべき貴重な作品があり,それが「2台のピアノのための組曲」の1,2番の作曲者自身による連弾版*5)*6) なお,この2曲の連弾版はIMSLPにもある*7)*8) )である。

ご承知のようにアレンスキーの4曲の「2台のピアノのための組曲」(これに「カノン形式の組曲 Op.65」を加えれば全5曲)は,いずれも2台ピアノ作品の傑作として,現在でも演奏される機会が多い。新鮮で若々しい魅力を持つ「組曲 第1番 Op.15」は,「ロマンス」「ワルツ」「ポロネーズ」のいずれの曲想もとても親しみやすく,特にきらびやかな「ワルツ」は20世紀前半の人気作品であった。この作品の連弾版が作られた理由も,当時, 相当な売上が期待されたからであろう。なにしろピアノが1台しかなくても,この作品が楽しめるので,演奏される機会も飛躍的に増えることになる。

その編曲の中身だが,さすがにアレンスキー自身によるものだけに,「いかに原曲の2台ピアノ作品に忠実であるか」 を狙うよりも,「新たに連弾作品を書き下ろす」かのように,大胆に改変されている箇所 もある。他人による編曲の多くがそうであるように,「巨匠の傑作を恐れ多くも編曲させていただく」態度では,なかなかこうは大胆にできない。

「ロマンス」のP.7のプリモ[編集部注:左の画像をクリックすると拡大画面がご覧いただけます。] では,難しいパッセージ中で小音符を使って省略も可能としているのは,せめて「組曲 第1番」で最も易しい「ロマンス」だけでも,より多くの人々に楽しんでもらいたいというアレンスキーの親切心と見るべきか,あるいはまた出版社の商魂のたくましさと見るべきか。

ところで今,この「組曲 第1番」を演奏する(もちろん2P版で)際に使用する楽譜は,入手しやすいインターナショナル版であろう。シャーマー版も出てはいるが,スコア形式ではなく I・II が別冊のため,どちらも人手可能ならば便利なインターナショナル版を選ぶであろう。実はこの作品の初版はロシアのグートヘイリから出版されたのだが, 現在は全く入手困難であり,ヒンソンの本でさえ,この作品がグートヘイリから出版されたことには触れていない。

シブリーにある連弾版はそのグートヘイリ版であり, この図書館の楽譜は贅沢にも表紙や扉もファイル化されているため,その表紙から献呈者 がタネーエフジロティということを私は初めて知った。[編集部注:左の画像をクリックすると拡大画面がご覧いただけます。]

ところが最近,東京文化会館音楽資料室*9)「組曲 第1番」の楽譜を調べてみたら,そのグートヘイリ社の著作権を引き継いだブージー&ホークス版(I・II別冊)を所蔵していた。コピーライト表記は1947年で,この資料室には1961年に収蔵された由。この楽譜には献呈者としてタネーエフジロティの名が書いてあった。また例の藁半紙のような紙質のムジカ版(こちらは1982年刊で1992年収蔵。スコア形式)も所蔵しており,こちらにもちゃんと献呈者名があった。ずっと以前から東京にこんなに貴重な資料があったとは,まさに灯台下暗しである。

さて,連弾版の編曲に話を戻すと,残りの2曲,「ワルツ」「ポロネーズ」では初心者の技量に配慮した形跡は全くなく,連弾でもそれぞれ華麗なきらびやかさと豪快さを十分に発揮する。


【参考情報】
*1) [松永教授のとっておき宝箱] 「89. 「パウル・ユオンの『舞踏のリズム集』 その1」
*2) [Wikipedia(jp)]「アントン・アレンスキー」のページ
*3) [サイト] シブリー音楽図書館
*4) [シブリー音楽図書館] *3)トップページから"VOVAGER CATAROG"タブをクリックして、"Basic"タブの"Serch"欄に"Arensky"と入力,表示結果から "Fantaisie sur des chants epiques russes, chantes par I. T. Riabinine : pour piano avec accompagnement d'orchestre, op. 48 / par A. Arensky ; [transcription pour 2 pianos par l'auteur]."を探す。


*5) [シブリー音楽図書館] *3)トップページから"VOVAGER CATAROG"タブをクリックして、"Basic"タブの"Serch"欄に"Arensky"と入力,表示結果から "Suita dlia dvukh fortepiano, op. 15 / Antonia Arenskago ; perelozhenzia dlia fortepiano v 4 ruki (avtora). "を探す。
 
*6) [シブリー音楽図書館] *3)トップページから"VOVAGER CATAROG"タブをクリックして、"Basic"タブの"Serch"欄に"Arensky"と入力,表示結果から "Siluety : (2ia siuita) dlia dvukh roialei v 4 ruki, soch. 23 / Antonia Arenskago ; perelozheni?e dlia odnogo fortepiano v 4 ruki (avtora)."を探す。
 
*7) [IMSLP] 「2台のピアノのための組曲 第1番」[2台版][連弾版]
*8) [IMSLP] 「2台のピアノのための組曲 第2番」[2台版][連弾版]

*9) [サイト] 東京文化会館音楽資料室

【2010年11月6日入稿】