52. 「ロチェスター大学のシブリー音楽図書館 その4 〜サロン音楽の華」

前回のこの欄で触れたエドゥアルト・シュットによる美しい連弾作品「ロシア民謡 Russian folk-song,弾いて下さったであろうか?*1)

今日ではシュットの作品は,ソロ,デュオを問わず珍しく,シュトラウスII によるコンサート・パラフレーズ群が多少知られているほかは,全音ピースから「最愛の人に Op.59-2」*2)という,なかなか華麗な,そして甘美なワルツが出ている程度である。この作品も,実際に弾かれる機会は少ないが,聴く人の耳を大いに楽しませる作品である。

そしてシュトラウスII によるコンサート・パラフレーズ群にしてもゴドフスキシュルツ=エヴレル*3)の同種の作品と比較すると,確かに軽量で小型である感じは否めないものの,そのなかで少なくとも「ウィーンの森の物語」によるパラフレーズ傑作の名に値する。

ここでは序奏の後,例の有名な旋律にからむ対旋律も素晴らしく,華麗なヴィルトゥオジティと魅力的で繊細な細工が絶妙に組み合わされている。

この作品は他のいくつかのパラフレーズとともにIMSLPの,Concert Paraphrases on J.Strauss' waltz motivesの項*4)にある。

私はクランツ版しか持っていないが,IMSLPにはクランツ版のほかにユニヴァーサル版の楽譜もあり,こちらは元の持主(?)の運指がビッシリと書かれていて見にくいが,この版の冒頭によって,このパラフレーズがマックス・パウアー(Max Pauer 1866〜1945)に献呈されている事を初めて知った。マックスは父のエルンスト・パウアーとともに,多くの管弦楽作品等のデュオ用編曲を手掛けており,昔の楽譜上によくその名前を見かける。

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さて,シブリー音楽図書館のシュットの見出しは2段あるが,その上段にも1曲,デュオ作品がある。

それが2台のピアノのための「アンダンテ・カンタービレ Andante cantabile Op.79-1*5)で,タイトル通り,ゆったりとした旋律が表情豊かに歌われる作品である。

なお5pの下段から6pの最初の小節にかけて,I の左手部分がへ音記号になっているが,ト音記号の誤りではなかろうか。それに微妙だが,3pの最後から2小節目のIIの左手の最後の四分音符の下の音は,嬰イではなくロ音に上がるのではないだろうか。この辺りは実際に弾いて試していただきたい。

ここには「Op.79-1」だけがあるが,対になる「Op.79-2」は「小スケルツォ Scherzino」である。IとIIの対話が多い軽快な曲想であり,幻想的な中間部を持つ。つまり「Op.79」は「アンダンテ・カンタービレ」と「小スケルツォ」の2曲からなる。

同傾向の作品にシャミナード「アンダンテと小スケルツォ Andante et Scherzettinoがあり,やはり甘美な旋律を持つ「アンダンテ」の方は比較的知られている。両者の「小スケルツォ」を比べると,シュットの方が旋律の面白さだけでなく,中間部との対照もスケールの豊かさでも優れている気がする。もっともシャミナードの「Scherzettino」は,〜ett 〜ino のどちらも縮小の意を表す接尾辞を持つので,単なる「小スケルツォ」ではなく「かわいい小スケルツォ」と考えれば,それも当然なのかも知れない。

またここには室内楽曲の「ワルツの童話 Walzer-Märchen Op.54があるが、しばらく前までここに同作品の連弾版「Op.54a」があった。
この作品は全3曲のワルツ集で,マグロー(McGraw)の著作*6)によればそのコメントはただ一言、「サロン・ピース」とある。試しに弾いてみると,3曲とも甘美なワルツの旋律や和声、そして転調がとても魅力的であり,この種の作品は他に例が少ないだけに,作品の魅力を引き出すような,繊細で巧妙な演奏がなされれば,極めて効果的に響くことは疑いない。シュットの作品には88鍵の最低音が使われる事が多く,それが甘美な曲想に,重量感と豊かなスケール感を与えている。

こうしたユニークな楽譜が再び入手不可能となってしまったのは,誠に残念であるとともに,やはりネット上で見つけた珍しい楽譜は,直ちにダウンロードしておく必要があるようだ。後で後悔しないために。

【参考情報】
*1) [松永教授のとっておき宝箱]「51. ロチェスター大学のシブリー音楽図書館 その3」
*2) [全音オンラインショップ]全音ピアノピース 「シュット:最愛の人に(PP-481)」
*3) [Wikipedia]「アドルフ・シュルツ=エヴラー」
*4) [IMSLP]Concert Paraphrases on J.Strauss' waltz motives (Schütt, Eduard)
*5) [サイト]ロチェスター大学シブリー音楽図書館
"Andante cantabile, op. 79, no. 1:für zwei Klavier zu vier Händen/Eduard Schütt"
*6) [書籍]Cameron McGraw/Piano Duet Repertoire: Music Originally Written for One Piano, Four Hands, Indiana Univ. Pr. (【松永教授のとっておき宝箱】「18.マグロー氏の選択」参照)

【2009年1月31日入稿】