18.マグロー氏の選択

「アンソロジー楽譜の楽しみ」の(2)*1)で,
誤って絶版と書いてしまい,
(4)*2)では 「ダメもと」で
“seetmusicplus.com”に注文したと書いた,
McGraw(マグロー)氏の手による アンソロジー
“Four Centuries of Piano Duet Music
(Boston Music Company刊)”の第1巻*3)
が8月に無事に手元に届いた。

急いでいたのでこれ1冊だけの注文だったが,
価格は送料込みで14ドル弱であった。

氏による名著“Piano Duet Repertoire”*4)
コピーライト表示が1981年で,
この曲集のそれは1985年なので,
「レパートリー」の巻末の
「 アンソロジーの内容の詳細な記録」という,
読者にとって非常に便利で貴重な情報は,
自身のアンソロジーに関しては
時間的に間に合わなかった訳である。


この全4巻のアンソロジーは
技術的な難易度順に配置されているので,
この第1巻には易しい作品が収録されている。

中身を見てみると曲目は極めて変化に富み,
時代的にはイタリアのルティー二(1723〜97)*5)
による1770年代の作品から,
ルーマニアの女性コンポーザー・ピアニスト,
ヒルダ・イェレヤ(1916〜?)
による1963年の小品まで,ほぼ200年に渡っている。

クレメンティ,テュルクやコジェルフ,
そしてグルリットやライネッケらによる古典派,
ロマン派の小品群が中心となるのは当然としても,
様式や作風の面でも多種多様であり,
易しい作品に限定しながらも
これだけバラエティに富んだ作品を集めた
のは,
「さすがマグロー氏ならではの選択」と感心させられる。

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その中から特徴的な曲目を挙げると,
細密なピアノ小品で知られるロシアのキュイ*6)による
「5つの音による10の小品 Op.74」
の4曲目。

この作品に
「ラメント(Lament,死者を悼む,あるいは悲哀を表す音楽)」
のタイトルがあるとは知らなかったが,
確かにその名にふさわしいロマン派の性格的小品であり,
表情豊かに弾けば,
リサイタルのアンコールでもキラリと光る作品
である。

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今日では弟子のシュレーカー*7)の方が有名だが,
ウィーンの作曲家で教師でもあったフックス*8)による,
その名も「ウィンナ・ワルツ Op.44-2」は,
これも粋に弾けばとても魅力的な小品

フックスは優雅で耽美的な連弾曲の「ワルツ」を
たくさん書いたが,
これはジムロック社刊の「ウィンナ・ワルツ Op.42」とは
別のシリーズ中の作品

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ロシアのマイカパル(1867〜1938)*9)による
「5つの小品」も見逃せない。

この人の名はピティナの課題曲やロシアの小品集などで
時折見かけるが,詳しい人によると
「パ」にアクセントがあって「マイカパール」だそうな。

ウクライナのヘルソンで生れ,
レニングラードで没したマイカパールは,
特に教育的な作品で知られているが,
ウィーンでレシェティツキーにも師事した
ピアニストでもあるだけに,
腕前も相当なものだったらしく,
べートーヴェンのソナタの全曲演奏も成し遂げている。

「前奏曲」「小スケルツォ」「競馬」「ワルツ」「ロシア舞曲」
の5曲は,
全く伝統的なロマン派風の作品

全16曲の
「ファースト・ステップ Op.29」(1937年作)からの抜粋だが,
P・Sともに全く難しくないにもかかわらず,
実に新鮮に響く効果的な作品

単独でも楽しい作品だが,
発表会などで,この5曲を組曲として演奏する方が
より効果的であろう。

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更に現代風で「新古典主義」的なのが,
先に触れたイェレヤによる「小組曲」である。

「前奏曲」「カノン」「パレード」「ワルツ」「行進曲」
と,こちらも全5曲。

共通するタイトルもあり,マイカパールとの比較も面白い。

演奏時間は終曲だけ反復があるため少し長いが,
他はいずれも30秒ほどの小品
で,
薄い書法ながら多彩で生き生きとした曲想。

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ともかくこの楽譜は,初心者のための易しく効果的で,
しかも新鮮なレパートリーを捜している方に
特に強くお薦めしたい
内容を備えている。


【2007年10月4日入稿】

【参考情報】
*1) 【松永教授のとっておき宝箱】「11.アンソロジー楽譜の楽しみ(その2)
*2) 【松永教授のとっておき宝箱】「13.アンソロジー楽譜の楽しみ(その4)
*3) Four Centuries of Piano Duet Music (Boston Music Company) BOOK1
*4) 【書籍】Cameron McGraw/Piano Duet Repertoire: Music Originally Written for One Piano, Four Hands, Indiana Univ. Pr.
Reprint版((2001/10/1)についてはこちら。
*5) 【参考サイト】http://www.contemponet.com/shop/cv/rutini_it.php
*6) 【Wikipedia】ツェーザリ・キュイ
*7) 【Wikipedia】フランツ・シュレーカー
*8) 【Wikipedia】ローベルト・フックス
*9) 【Wikipedia】Samuel Maykapar

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