40.「IMSLPの再開」

一時期閉鎖されていたネット上の巨大音楽図書館,International Music Score
Library Project *1)
が7月から再開された。

パソコンとプリンタさえあれば,自宅に居ながらにしてその膨大な蔵書にアクセスできるという,
文字通り恐ろしく便利な時代が到来した。

再開されてすぐ,そこに長い間探し続けていた,非常に珍しく貴重な楽譜を発見した。
それがマスネ(Jules Massenet 1842〜1912)*2)の連弾作品,
「過ぎ去りし年 Année passée*3)である。

マスネの名は「マノン」「タイース」といったロマンティック・オペラによって知られ,
パリ音楽院作曲科教授としても後世に多大な影響を与えたが,
ピアノ協奏曲をはじめとするピアノ作品も残している。

咋年の1月,「佐々木素 山内知子 ピアノデュオリサイタル」*4)での「組曲 第1番」
詩情に満ちた演奏を思い出す方もおありかも知れない。

1897年に作曲された「過ぎ去りし年」4集全12曲,演奏時間は30分ほど,
楽譜も正味88ページという大作
で,これまで楽譜が入手困難な割りには結構録音に恵まれ,
私の手元にも3種のCDがある。

1枚は東芝EMIの国内盤で「フランスのエスプリ・シリーズ」の「マスネ/過ぎ去りし年[ピアノ作品集]
TOCE-9832」*5)
という10年ほど前に発売されたもので,チッコリー二が一人で二重録音して弾いている。

他はARION盤イヴァルディとリーの弾くFloraison du piano à quatre mains en France ARN-268170*6)
の2枚組。

そしてまだ比較的新しいのが「10.楽しい箱モノ」*7)でご紹介したエグリ&ペルティスによる Hungaroton盤
「Scènes de bal Works for Piano Duo by Massenet & Franck HCD32444」*8)である。

改めて楽譜を見ながら聴くと,チッコリー二のサラサラと流れるような演奏は清潔感に満ちているものの,
一人で弾いているにしては細部の表情の変化に乏しい気がする。
連弾特有の,PとSが相互に影響し合い,インスピレーションを与え合う行為に欠けるためでもあろうか。

これに対して輸入盤の2種はずっと繊細で表情豊かな演奏で,
マスネの甘美でロマンティックな音楽が楽しめる。
しかし,東芝盤の濱田滋郎氏による情報量の極めて多い解説は非常に優れており,
これだけでもこの盤の存在価値は高い。

四季それぞれに3曲ずつの作品で構成される全12曲のタイトルも一般的とは言い難いので,
ここにその解説書の邦訳を記しておくことは,今後,この作品を演奏する時に役立つであろう。

第1集「夏の午後」「木陰にて」「麦畑で」「大きな太陽」
第2集「秋の日々」「黄ばんだ葉」「11月2日」「楽しい狩り」
第3集「冬の夕暮れ」「ノエル(クリスマスの歌)」「夢みながら」「人々はワルツを踊って」
第4集「春の朝」「初めての巣づくり」「リラの花」「復活祭(大ミサの散会)」である。

ところで,この作品より25年ほど前に作曲された,やはりフランスの連弾作品の傑作,
ビゼーの「子供の遊び」を弾いた方は,特に第1曲の「ぶらんこ(夢想)」での低音域を
重苦しくないように弾くのに苦心されたことと思う。

当時のフランスの楽器では,普通に弾いても決して重苦しい響きにはならなかったのかも知れないが,
こうした低音域への偏愛はこの「過ぎ去りし年」でも随所に見られ,
それらはある箇所ではオーケストラ的な重厚で堂々とした響きを感じさせ
(例…「大きな太陽」のSの旋律と最後の方の和音),またある箇所では作品に雄大なスケール感を
与えている(例…「復活祭」)。

なお「夢みながら」は,誠にマスネらしいロマンティックで甘美な作品だが,
最後から2小節目にはPのソロで「マノン」の中の,「マノンヘの情熱を表す動機」が奏される。

親しみやすく変化に富む12曲は全曲を通して演奏しても決して聴く者を飽きさせず,
また季節に合わせて春夏秋冬のそれぞれの1集だけ,あるいは数曲の抜粋や1曲だけを弾いても
とても効果的な作品
である。

◆ご注意◆
IMSLPのサイト閲覧、ダウンロードについては各自の責任において行ってください。
「連弾ネット」ではIMSLPに関する一切の責任を負いません。

【参考情報】
*1) [サイト]International Music Score Library Project
*2) [Wikipedia]ジュール・マスネ
*3) [サイト]Jules Massenet: Année passée
*4) [松永教授のとってき宝箱]「2.佐々木素&山内知子ピアノデュオリサイタル(2007.1.18)」
*5) [amazon.co.jp]「マスネ:過ぎ去りし年〜ピアノ作品集」
*6) [サイト]<ARION MUSIC> ARN268170 "Floraison du piano à 4 mains en France"
*7) [松永教授のとってき宝箱]「10.楽しい箱モノ」
*8) [サイト]<HUNGAROTON> HCD32444 "Scènes de bal Works for Piano Duo by Massenet & Franck"

【2008年8月1日入稿】

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