10.「楽しい箱モノ」
 とても面白く,そして素敵なDVDを見つけたので,
「アンソロジー楽譜の楽しみ」の続編は後回しにして,
今回はこのDVDについて書く。

題して "The Pleyel Double Grand Piano in Concert
HUNGAROTON HDVD32446"*1)
がそれ。

確か浜松の「楽器博物館」*2)にも,
この種の楽器が置いてあった気がするが,
プレイエル社の「ダブル・グランド・ピアノ」の写真を
見たことのある方は多いであろう。

四角い箱のようなケースを持ち,
二人で弾けるように向かい合った二辺に鍵盤を備えた
四本足のピアノである。

公共工事による「箱モノ」建設は
日本の財政赤字の元凶として悪名高いが,
こんな楽しい「箱モノ」は大歓迎だ。

このDVDには,ハンガリ-出身の夫婦デュオ,
エグリ&ペルティスが,ブダペスト近郊のグドゥルー宮殿にこ
の楽器を持ち込んでのコンサートの模様が収録
されている。

エグリとペルティスは,フンガロトン・レーベルから
既に10枚以上の優れた内容のCDを出している*3)
が,
DVDは初登場。

なおアンコールの3曲(グリーグ「ノルウェー舞曲 Op.35-2」,
ブラームス「ワルツ Op.39-15」「ハンガリ-舞曲 第6番」)の他にも,
この楽器を宮殿の広間に運び込んで組み立てる映像もあり,
600Kgのピアノを載せたキャタピラ付きの運搬機械が
階段を登る珍しいシーンも見られる。


解説によると,この楽器は1902年に製造され,
スイスで二つの世界大戦を生き延びて,
1996年にこの二人が入手した由。
古い楽器にもかかわらず,音質も響きもとても良いようだ。

エグリとペルティスによる,この珍しい楽器の特殊な構造や
ペダル機能についての解説の中にも,
二人のデュオに対する真摯で求道者な姿勢がひしひしと感じられる。

二人は「溶け合った響き」をとても大切にしている。
といっても,私の貧弱な語学力では英語の字幕も読み切れず,
片手にリモコン,片手にエクスワードの二刀流で,
一時停止で映像を止めては分からない単語を調べ…と,
こんな面倒な作業は全部省略しても,
コンサートの内容だけで十分に楽しめる。

まずハンガリー出身のドホナー二による
2台のピアノのための「交響的ワルツ」

華やかに幕を開ける。

全曲暗譜による余裕に満ちた演奏で,
繊細な細部の表情の変化から大胆な表現まで,
実に良く息が合った流麗な演奏である。

こうした演奏を聴けば,
誰でも「デュオって、こんなに楽しく素晴らしいものなんだ!」と
思わずにはいられない。

逆に合わせる事だけに気を取られて,
乏しい表情と硬直したリズムで弾かれた演奏を聴いたら
「デュオって,詰まらないなあ!」と思って当然である。

そしてメンデルスゾーン自身が連弾用に編曲した「無言歌集」から
4曲(Op.62から6,5,4,2)。

連弾による温かい雰囲気で,自在に歌われる「春の歌」も良いものだ。

以下はブラームスの「ハイドンの主題による変奏曲」,プレイエルの「デュオ」,
サン=サーンスの「べートーヴェンの主題による変奏曲」,
ドビュッシーの「リンダラハ」,

そして最後はチェイシンズの「青きドナウによるパラフレーズ」
変化に富んだプログラムが続く。

どれも素晴らしい演奏だが,特に第4,6変奏のように
2台のピアノが交互に弾く箇所が多いサン=サーンスでは,
揃った音質が実に効果的。

ドビュッシーはModéré (中庸の速さで)の指示にしては,
「遅くなく」と続くにしても相当速いテンポを採っている。

チェイシンズの作品は,
シュルツ=エヴレルによるシュトラウスの
有名なソロ用のパラフレーズに基づくもの。


私は今まで「原曲の中途半端な改変」としか思っていなかったが,
ある時は優雅にそしてまたある時は豪快に,
悠々と音を響かせる二人のセンスに溢れた演奏を聴いて,
やっとこの作品の「魅力的な弾き方」に出会えた気がして
積年の誤解が解けた。


とにかく,デュオ愛好者にとって
耳と目を大いに楽しませてくれる1枚
である。


【2007年6月15日入稿】

【参考情報】
*1) 【DVD】 "The Pleyel Double Grand Piano in Concert HUNGAROTON HDVD32446"こちら。
*2) 浜松市楽器博物館
*3) 【CD】 LISZT, Ferenc (1811-1886)/INSPIRATIONS for 2 pianos and 4 hands - DUO EGRI & PERTIS(HCD 32054)

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