29.「イギリスのピアノ・デュオ作品 その7」

コンスタント・ランバート(Constant Lambert 1905〜51)*1)はバレエ音楽の作曲だけでなく,
音楽監督や指揮者としても,その短い生涯にバレエと深くかかわった。

「日英デュオ」に「プライズ・ファイト」(Prize Fight)がリストアップ*2)されているが,
タイトルの意味は「懸賞ボクシング試合」

この作品,私は聴いたことも楽譜を見たこともないのだが,
原曲は1923年にミュージック・ホールの楽隊のために作曲されたバレエ音楽であり,
バレエ公演の際にオーケストラがない時には,ランバート自らピアノで弾いていたから,
この作品もそうした用途に使われたのであろう。

ランバートの生涯は決して長いとは言えないが,
死の2年前の1949年の作品が「白鍵のための3つの黒人の小品」
(Trois pièces nègres pour les touches blanches Oxford University Press社刊)で,
この作品はジャズやラテン・アメリカ音楽の影響が強い,新鮮で軽妙な作品である。

ポピュラー音楽の親しみやすさとクラシック音楽の洗練された響きが融合された連弾曲
捜している方にはピッタリの作品で,拍子の変化も多く,5拍子や7拍子も頻出するが,
ギクシャクした感はまったくなく音楽はあくまで自然に滑らかに流れる。

この作品には1927年のランバートの代表作,「リオ・グランデ」同様の
南国的な生命力が溢れている。

それにしてもショパンの「黒鍵のエチュード」が実は黒鍵だけでは弾けないのと違い,
これほど多彩に響くこの作品が一度も黒鍵を使わずに書かれているのには驚かされる。
特に2曲目の「日盛り」(Siesta)倦怠と憂愁をたたえた旋律は印象的

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ランバートと同年生れなのがアラン・ロースソーン(Alan Rawsthorne l905〜71)*3)であり,
その連弾組曲「魚籠(びく)」(The Creel)のタイトルに関しては,
この欄の「17 ピアノ・デュオ・タイトル異聞」*4)に書いた。

この作品は「日英デュオ」にリストアップされている作品中,
聴衆にとって恐らく最も難解な作品であろう。
1曲目の「パイク」の最初と最後はロ短調だが途中の調性はあいまいで,
散在するトリル,重々しい付点音符のリズムが,この魚の凶暴な性格を表している。

ところで,この作品のPの1小節目のオッターヴァ(8va)記号は
左手部分にも有効なのだろうか?
4曲目の「鮭」のPの15〜16小節では,左手部分にもオッターヴァ記号が
記されているところから,「パイク」の最初の左手部分は
厳密には記譜された実音ということになる。

ところがそれでは旋律の動きが不自然で,私の手元にある3種の録音は,
すべて左手部分も1オクターヴ上げて弾いているように聞こえる。

この種の記譜方で問題になるのはラヴェルの「スペイン狂詩曲」の4曲目,
「祭りの日」の66小節以降のP(またはI)で,10種以上のCDを聴き比べたら,
多くが左手部分もオクターヴ上げて弾いていたが,
少数ながら記譜された通りに弾くケースもあった。
スコアを忠実に編曲すれば
左手部分をオクターヴ上げて弾くのが当然だが,
この場合は単純にそれが正解とは言い切れない。
曲中で最も華やかなこの部分で,あえて「にぎやか感」を強調したとも考えられる。
それに1曲目の「夜への前奏曲」の終り近くのカデンツァでは,
左手部分にもオッターヴァ記号が書き込まれている。

とすれば,やはり「祭りの日」の例の箇所はオクターヴ上げずに記譜された通りに弾くのが
正解なのであろう。それとも単に記号が抜けているだけなのか?

どなたか,この問題に関して更なる知識をご教示いただけないだろうか。
また「日英デュオ」の際の話題にもしたいので,ぜひこの「魚籠」でもエントリーしていただきたいものだ。

2曲目の「スプラット」はP・Sともに1段譜に書かれた素早い動きの単旋律によるカノン。
3曲目のゆっくりとした動きの「鯉」では,ロースソーンの作風の特徴のひとつである
増三和音が多用されている。
4曲目の「鮭」はP・S間のリズム的な掛合いがとても面白い。

各曲の演奏時間はごく短く全曲でも4分ほどなので,
この種の作品に初めて挑むデュオにとって,格好の作品と言えよう。

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これまで7回に渡り,主に「日英デュオ」にリストアップされた作品を中心に,
イギリスのピアノ・デュオ作品について書いてきたが,
私の筆力ではとてもその魅力のすべてを綴ることはできない。

あとはできるだけ多くの方々に「日英デュオ」に参加していただき,
実際の作品の演奏を通して,イギリスのピアノ・デュオ作品の真の魅力を
楽しんでいただければ幸いである。

【参考情報】
*1) [Wikipedia]コンスタン・ランバート
*2) 日英ピアノ・デュオの架け橋2008 リスト一覧
*3) [Wikipedia]アラン・ロースソーン
*4) [松永教授のとっておき宝箱]「17. ピアノ・デュオ・タイトル異聞」

【2008年2月8日入稿】

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