17.ピアノ・デュオ・タイトル異聞

音楽作品のタイトルには,風変わりなものも多い。
サティのように奇抜なタイトルが
トレードマークの一部となっている場合もあるが,
無理に奇をてらって変わったタイトルを付けただけというのではなく,
作品を聴いて「なるほど」と納得できれば,
タイトルも作品もより印象的になる。

そのタイトルが非常に強烈なインパクトを持つ
ピアノ・デュオ作品が,
フランスの作曲家,ジョリヴェ(André Jolivet 1905〜74)*1)による,
2台のピアノのための「ホピ族の蛇踊り」
("Hopi Snake Dance" Gérard Billaudot社*2)刊)である。
あまり知られている作品ではないので,
もしこの作品が演奏会のプログラムに載っていたら,
「いったいどんな作品が演奏されるのだろうか」と
大きな期待(と不安も?)を抱く人が多いであろう。

物の本によると,ホピ族*3)は現在,アリゾナ州に保有地を持つ
アメリカ先住民の一部族で,その多くの儀礼の中でも,
「蛇踊り」は特に有名らしい。
蛇司祭たちが毒蛇を口にくわえて踊るという解説からは,
ショッキングでグロテスクな踊りを想像しがちだが,
その雰囲気はとても厳粛で神聖とのことである。

筆者はもとより,ジョリヴェ自身も,
実際に「蛇踊り」を見たのではなく,
師のヴァレーズから送られた絵葉書に魅了されて
この作品を作曲
した。

ジョリヴェには,呪術的,神秘的な題材に基づく作品が多く,
この作品の魅力は,決してそのタイトルの奇抜さだけではない。
グリッサンドや不協和音によるトレモロが多く,
旋律は無調的で,分かりやすく親しみやすい作品ではないが,
「静」と「動」の対比,全編にみなぎる神秘的なムード,
迫力ある前進感,

そしてなによりも2台のピアノの頻繁な掛け合いは,
たとえ他のタイトルが付いていたとしても,
この作品がデュオ作品として,
印象的,個性的な存在であることを示している。

* * * * *

さて連弾曲で風変わりなタイトルを持つ作品には,
「びく」(The Creel)がある。
「びく」といっても,ピンとこない方が多いことであろうが,
魚釣りに使う籠(かご)のこと。
この「びく」のタイトルを持ち,その中身は魚で一杯,
という連弾作品がある。

イギリスの作曲家,
ロースソーン(Alan Rawsthorne 1905〜71)*4)による作品で,
4曲からなる組曲(Oxford University Press社刊)である。

各曲のタイトルは,アイザック・ウォルトン
「釣魚大全(ちょうぎょたいぜん)」に基づいており,
「強靭なパイク(川かます)は淡水の暴君」
「いつも動きまわっているスプラット(やまべ)」
「鯉は川魚の女王,風格もあり,立派で,非常に鋭敏」
「鮭の跳躍やとんぼ返り」
である。

「釣魚大全」
17世紀にイギリスで刊行された「釣のバイブル」
とされている書物だが,
単なる釣の実用書ではなく,
水辺の風俗から,魚の料理法,
それに歌や詩まで
がちりばめられている。

なお前掲の訳は
「完訳=釣魚大全 森秀人・訳・解説 角川選書」*5)
を参考にした。

筆者は釣の愛好者でもなく,
最後に水中に釣針を降ろしたのは数十年も前のことであり,
魚の生態に詳しいわけでもないのだが,
釣の愛好者なら,それぞれの魚の生態を活写したこの作品に
大いに興味をそそられるであろう。

また子供のための作品は,
当然ながら身近な遊びや,
身の回りの物や出来事,
イマジネーションに富んだ夢の数々をタイトルとして持つ小品が多い。

「ラーニング・トゥ・プレイ」
(ステッカー/ホロヴィッツ著 中村菊子・解説・訳 
全音楽譜出版社刊)*6)
には,
4巻の曲集中のそれぞれに連弾曲も少し含まれているが,
その「ブック3」「愛の報い」という連弾曲が収録されている。
「イギリスのうた」だそうでメロディは実にシンプル。
タイトルそのものは決して風変わりではないのだが,
我々日本人の感覚では場違いに思えるタイトルに驚かされた。

【2007年9月20日入稿】

【参考情報】
*1) 【参考サイト】Association "Les amis d'André Jolivet"
*2) Gérard Billaudot Éditeur
*3) 【Wikipedia】ホピ族
*4) 【参考サイト】The FRIENDS of ALAN RAWSTHORNE
*5) 「完訳=釣魚大全 森秀人・訳・解説 角川選書」
*6) 「ラーニング・トゥ・プレイ ブック 3」(全音楽譜出版社)

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