11.「アンソロジー楽譜の楽しみ」 その2 |
前々回のこの欄で触れた McGraw(マグロー)による"Piano Duet Repertoire"*1)は, およそ1,700名の作曲家による3,200作品を解説していると記されているが, それほど多くの連弾作品を知り尽くしているマグロー氏が 編集した連弾アンソロジーがあると聞けば, 果たしてどんな作品が収録されているのか, 興味を引かれるのは当然であろう。 全4巻の "Four Centuries of Piano Duet Music" (Boston Music Company社刊)*2) がそれで, 全曲がスコア形式で作曲家の略歴の他, 演奏上の注意も記されているという 配慮の行き届いたアンソロジーである。 しかし,残念ながら今では「ある」ではなく「あった」とするのが 正確となってしまった。 数年前に筆者が注文した時に, 既に第1巻が入手できなくなっていたが, 最近になって調べてみたら, このシリーズの姉妹編のソロ用のアンソロジーのうちの1冊だけを残し, 連弾用の方は4巻ともカタログから消えてしまった。 筆者が入手した3巻の中では,特に第2,3巻に珍しい作品が多数収録されており, 第3巻にはロシアのピアニストで, 作曲はアレンスキーの弟子 (別の資料によると作曲では正規の教育は受けず, タネーエフから助言を得ただけ)でもあった A.ゲーディケ(Goedicke l877〜1957)の「舟歌 Op.12-2」が載っている。 筆者はゲーディケの名もその作品も全く知らなかったが, この「舟歌」がなかなかの傑作。 技術的に難しくない上に,感情的な振幅の揺れが非常に大きく, ロマン的な情緒の濃い作品である。 乱暴な例えだが, ラフマニノフの「6つの小品」の「舟歌」のコンパクト版と言えば, 作品のイメージがお分かりいただけるだろうか? 第2巻ではグノーの「メヌエット」が珍しい。 グノーの名は,例のバッハ=グノーの「アベマリア」で知られているが, 40曲ほどのピアノ作品もあるらしい。 最近は abebooks.com*2) のような海外の古本屋サイトも手軽に利用できるので, このシリーズの楽譜をもし見つけたら,求めて決して損のない内容である。 もっとも法外な値段では困るが。 比較的,新しいアンソロジーでは Alfred社の全3巻の "Essential Keyboard Duets"*4)に 楽しい小品が数多く含まれている。 第3巻には有名な名曲が多いが, 第1,2巻には有名,無名を取り混ぜ, それぞれ40曲,25曲が収録されている。 特に第1巻では他ではほとんどお目にかかれない珍しい作品が多く, モシェレス(Moscheles)の 「和声付けされた音階に基づく日々の練習曲 Op.107」から 第10,15番が収録されている。 この2曲は,いずれもSがオクターヴ離れたユニゾンで音階を弾き, Pが旋律と和音を弾くという作品で, 第15番は快活でかわいらしい「タランテラ」。 音階の練習に「曲」としてのニュアンスを加味したユニークな作品で, 全59曲もあるそうだが, 先人達が連弾作品に加えた様々な教育上の創意工夫には 感心させられるばかりである。 デンマークの作曲家, シュッテ(Schytte)の「冬の晩」も しみじみとした良さがあるし, クライスラー編曲によるヴァイオリン小品, 「踊る人形」だけが知られているといっても過言ではないハンガリ-の作曲家, ポルディーニによる「小姓の歌」は, サロン風な旋律の楽しさを満喫できる佳作。 アレンスキーによる「12の小品 Op.66」の第2番「ガヴォット」は, 易しいながらも極めて精緻に書かれ, アレンスキーがピアノ・デュオ作品の大家であることを再認識させられる。 そのほかにもアメリカのフート(Foote)やロシアのキュイの作品等, 「易しく楽しい連弾小品を数多く」望む方にとっては 最適の楽譜としてお薦めできる一冊である。 第2巻はシューベルト,シューマン,ブラームス,ドビュッシー, フォーレ,ラヴェルらの傑作が収録されて, 有名作品の比率が高まっているが, アレンスキーの「12の小品」の第4番「メヌエット」や, ボルトキエヴィチの「ロシア舞曲 Op.18」の第2番に 接することもできる。 このシリーズ,すぐに絶版状態になることなく, 末永く版を重ねてほしいものだ。 |
【2007年6月28日入稿】 |
【参考情報】 |
*1) 「9.アンソロジー楽譜の楽しみ その1」参照 |
*2) ”Four Centuries Of Piano Duet Music” Book 1, Book 2, Book 3, Book 4 ※上記の情報はいずれも2007年7月1日現在の"sheetmusicplus.com"及び他のサイトで、 偶然在庫が確認できたものです。 ご購入される際の在庫状況は、必ずお確かめください。 |
*3) abebooks.com |
*4) "Alfred: Essential Keyboard Duets" Volume 1, Volume 2, Volume 3 |