100.最近聴いたCDから

CD「バッハ 6つのトリオ・ソナタ〜2台のピアノのための近代編曲版〜Fuga Libera MFUG 572」ジャケット最近聴いたデュオのCDのなかで強く印象に残ったものが2枚ある。ひとつは「バッハ 6つのトリオ・ソナタ〜2台のピアノのための近代編曲版〜Fuga Libera MFUG 572*1)。バッハのオルガン曲である「トリオ・ソナタ BWV.525〜530」の2台ピアノ用の編曲である。

全6曲のうち,3,4,5番がヴィクター・バビン*2),残りは順にフェルディナント・ティオリエイシドール・フィリップヘルマン・ケラーによる編曲で,最後にアンコールのようにメアリー・ハウによる(これだけは結構有名な編曲である)「羊は安らかに草を食み」が入っている。バビンは6曲とも2台ピアノ用に編曲しており,国立音楽大学図書館*3)には全曲の楽譜が揃っている。

バッハ作品のデュオ用編曲は,最近はすっかり人気と関心を失い,プログラムに乗せられることもめったにないが,20世紀の前半までは盛んに演奏されて,聴衆を大いに楽しませていた。その様子はナクソス・ヒストリカル・シリーズのCD,「J.S.バッハ作品のピアノ編曲集 第2集 Naxos 8.111119*4)からも伺うことができ,この盤にはバビン(とヴロンスキー)自身の演奏による「第5番」が収録されている。

「6つのトリオ・ソナタ」は,なによりも作品が素晴らしい上に,これらの編曲はいずれも効果的で,2人のピアニストが楽しく弾けるように工夫されている。オリジナル,編曲を問わず,バッハを台むバロック時代の2台ピアノ作品のレパートリーは決して多くはなく,しかも演奏時間が10分程度という手頃な作品の数は更に限られている。そうした2台ピアノ作品のレパートリーを補う意味からも,このフーガ・リベラ盤は貴重である。

ベルギー出身のクロディーヌ・オルロフとドイツ生れのブルカルト・シュピンラーによる演奏は,全くうるさくなく,響きが輝かしく透明でバランスも良く,繊細でしかも柔軟な解釈で弾いていて,観賞用としても十分に価値のあるものだ。時には楽譜通りではなく,即興的な装飾音を加えたりするのも楽しい。解説書の内容も優れており,特に編曲者ついて詳しく触れていて,私はこの盤でティオリエの名を初めて知ったし,ケラーの「第1番」の楽譜は持っていたものの,フィリップケラーがこれらの編曲を残していたことも知らなかった。

「J.S.バッハ(I. フィリップ編)/トリオ・ソナタ 第2番」(2台ピアノ編曲版)表紙この盤に収められたフィリップによる「第2番」シブリー*5)にあり,さすがはシブリー!である。[編集部注:画像をクリックすると拡大画像がご覧いただけます。]
フィリップによるバッハの編曲はデュラン社から多く出ているが,この「第2番」リコルディ社から出ていたとは意外であった。なお国内盤は日本語の解説書付きで,(株)マーキュリー社から販売*6)されている。

 

CD"BRAHMS ・ SCHUBERT TAL&GROETHUYSEN SONY CLASSICAL 88697615322" ジャケットもう1枚はタールとグロートホイゼンによる,ブラームスの「ピアノ協奏曲 第1番」とシューベルトの「20のレントラー」の,ブラームスによる連弾版のCD,BRAHMS ・SCHUBERT TAL&GROETHUYSEN SONY CLASSICAL 88697615322である。

ブラームスの「ピアノ協奏曲」の方は既に複数のCDがあるが,やはりタールとグロートホイゼンによる演奏は聴き応えがある。このロマン派屈指の大協奏曲と対峙して,少しも気負ったり力んだりする様子もなく,それでいて極めて明晰に,そして鮮やかにこの難曲を弾き切っている。第2楽章の底光りのするような深々とした抒情も印象的だ。

そしてシューベルト!楽譜として実質わずか18ページしかないこの小品のそれぞれが,これほどまでに多彩で雄弁であったとは。大作で難曲の「ピアノ協奏曲」の方は気軽に挑戦できなくても,シューベルトの演奏の魅力と難しさのエッセンスのような「20のレントラー」から学べるものや,そこから得られる楽しみや感動もまた多い。新たなレパートリーを開拓するための資料としてのみならず,観賞用としても,もちろん第一級のCDである。

【参考情報】
*1)[Fuga Libera] "Johann Sebastian Bach 6 Sonaten für Orgel für 2 Klavieren zu 4 Handen
Claudine Orloff & Burkard Spinnler"
*2)[松永教授のとっておき宝箱] 「75.ヴィクター・バビン(Victor Babin 1908〜72)による作・編曲 その2」
*3)[サイト] 国立音楽大学附属図書館

*4)[松永教授のとっておき宝箱] 「75.ヴィクター・バビン(Victor Babin 1908〜72)による作・編曲 その1

*5)[シブリー音楽図書館] "Sonatas, organ, BWV 526, C minor; arr. Sonate n.2 : ut mineur / de J.S. Bach ; transcription à deux pianos [par] I. Philipp."
*6)[Mercury Inc.] 「バッハ:六つのトリオ・ソナタ/アリア「羊は静かに草を食み」 〜2台のピアノのための近代編曲版〜」

【2011年2月19日入稿】