75. 「ヴィクター・バビン(Victor Babin 1908〜72)による作・編曲
その2」

今回は「73.ヴィクター・バビンによる作・編曲 その1」*1)の続き。タイトルは大袈裟だが,実は私はバビンの作品はわずかしか知らない。

ベルリンでシュレーカーに作曲を師事しただけあって,数々の編曲から窺えるバビンの力量は,ピアニストの余技の域を越えていると思う。バビンの作品に関する情報は少ないが,ある事典の記述によれば「保守的なポスト・ロマン派の手法」ということである。これだけでは余りにも漠然として分かりにくい。

私の知っている数少ないバビンの作品のうち,全11曲の連弾組曲の「ダヴィデとゴリアテ」(国立音大に蔵書がある)*2)や,2台のピアノのための「ヘブライの眠りの歌」を探り弾きしてみた時,頻出する不協和音のために,「しまった。間違えて1小節ずれているに違いない」と思ってしまったが,バビンの場合はこれで正しかったのだ。

バビンの編曲は完全に19世紀のロマン派的であるが,作品はもう少しモダンなものを目指していたようだ。ピアノ独奏曲の「べートーヴェンの主題による変奏曲」にしても,テーマは例の「アテネの廃墟」の「トルコ行進曲」によって軽快に始まるが,名技的な変奏が進むとすぐに突然の転調と不協和な響きが頻出する。しかしリズムはいわゆる「現代音楽的」…極端に微細なものでも複雑なもの…ではなく,このあたりが「保守的」と評される理由かも知れない。この第5変奏は「ミヨーを讃えて」と題され,多調的な響きなので,これも作品理解の一助になろう。

妻のヴロンスキーに捧げられた,やはり独奏曲の「幻想曲,アリアと奇想曲」にしても同様の作品である。もっとも2台のピアノのための「テレマンの主題による幻想曲」(国立音大に蔵書がある)は,完全に19世紀ロマン派風の作品であるが(原曲は「32のファンタジー」の第2,3番),これは実質的には「編曲」に近い。

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さて前回,ちょっと触れるに止まった「デュオ ヴロンスキー&バビン」(Duo Vronsky & Babin Dante HPC026)のCD*1)には,SPレコードからの復刻でラフマニノフの「組曲」の1,2番アレンスキーの「組曲第1番」の「ワルツ」,そしてバビンによる編曲が数曲,収録されている。

2人はアメリカに到着すると,すぐにラフマニノフ邸に行って「組曲 第1番」を作曲者自身に聴いてもらったそうだが,このCDに収められた2つの「組曲」の演奏はなかなか素晴らしい。

CDの解説には「このデュオは現代的なピアニストであり,ルバートを嫌った」という意味のことが書いてあるが,読むと聴くとは大違いで,ルバートを多用してロマンティックに弾いている。

それにしても2人のヴィルトゥオジティもかなりのもので,一昔前の「ロシアの凄腕ピアニスト」のイメージ通り,速いテンポの楽章での推進力と迫力は素晴らしい。

また,このCDにはバビンが2台のピアノ用に編曲したラフマニノフの歌曲,It's Lovely Here ここは素晴らしい場所 Op.21-7」「Floods of Spring 春の洪水 Op.14-11(解説書の表記では14-4となっているが)」,そしてVocalise ヴォカリーズ Op.34-14」が収録されている。

有名な「ヴォカリーズ」は既にピアノ独奏用の編曲が多数あってそちらは聴く機会もあるが,バビンによる2台用の編曲はいずれも凝ったもので,特に「春の洪水」はまるでラフマニノフの名技的な「前奏曲集」の1曲であるかのように響く。

この3曲の楽譜に関しては資料もなく,はたして楽譜が出版されていたのかどうかも不明だったが,しばらく前に偶然,コピーを入手することができた。楽譜は1942年にシカゴのユニヴァーサル社から出版されていた。

いずれにしても,この3曲はピアノ・デュオ・リサイタル,特にラフマニノフ・プログラムでのアンコール等に使われたらとても効果的で,聴衆に大きな喜びを与えるに違いない。

【参考情報】
*1) [松永教授のとっておき宝箱] 「73.ヴィクター・バビンによる作・編曲 その1」
*2) [サイト] 国立音楽大学附属図書館

【2010年1月23日入稿】