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前回の最後にサンドラ・クラークのピアノ独奏曲,「島の楽しみ」に触れた*1)ので,その続きを書くと,「キー・ライムの日没」のほかは「ジャマイカの空」(楽譜記載の演奏時間1'38"),「マンゴー・タンゴ」(2'00"),「モンテゴ・ギター」(1'32")である。モンテゴ・ペイはジャマイカ島西部のリゾート地。これらはいずれもトロピカルな雰囲気に満ちた,親しみやすくオシャレな作品で,発表会での講師演奏にも適している。 さて,連弾作品に話を戻すと,「3つの奇妙な拍子 Three odd Meters」(やはりハル・レナード社刊の Student Piano Library シリーズの中級。コピーライト表示は1999年)*2)は,新鮮なリズムの感覚と親しみやすい曲想,響きの美しさを併せ持つ傑作として強くお薦めしたい。 最初の曲のタイトルは「3+3+4」(1'47")。ご想像通り,1小節内の8分音符が 3+3+4にグルーピングされる作品である。「モンテゴ・ギター」も同じリズムだが,曲想はまったく異なり,「3+3+4」にはラテンの気分はなく,流麗でさわやか。そしてここにも書くが,この人の作品はピアノの響きがとても美しく,豪快にも繊細にも多彩に響く。 次は「5拍子のワルツ」(2'54")。「ワルツ」というタイトルではなくとも,舞曲風の5拍子と言えばすぐにチャイコフスキーの交響曲「悲愴」の第2楽章が思い浮かぶ(そして,この交響曲には作曲者自身による連弾版もある)し,3拍子ではない「ワルツ」の連弾曲の傑作には,新美徳英による2拍子の「四角いワルツ」(全音楽譜出版社刊「3つのワルツ」より)*3)があるが,この「5拍子のワルツ」はジャズ的なテイストに満ちたオシャレで魅力的な作品。 リサイタルのアンコール・ピースとしても使えるが,正確な5拍子で,しかも堅苦しさを感じさせずに流暢に弾くのは,慣れないとなかなか難しい。 最後は “Two-Timing”(1'31")で「2つの拍子合わせ」とでも訳せば良いのだろうか。 6/8 と3/4の拍子記号が並んで書かれており,2種類の拍子が頻繁に,時には小節毎に交替し,また P と S によって両者が同時進行する箇所もある。同様な拍子による有名な作品例としては, バーンスタインの「ウェストサイド・ストーリー」の「アメリカ」があるので,想像しやすいかも知れない。輝かしく,ピアニスティックでポピュラー音楽とクラシックの,それぞれの美点の実に見事な融合がここにある。この作品もアンコールに最適。 そしてまだクリスマスはずいぶん先だが,「2人のためのお気に入りのキャロル Favorite Carols for Two」(ハル・レナード社刊 2004)*4)の連弾用編曲も素晴らしい。私などは全6曲のうち,有名な「きよしこの夜」のほかは「ああベツレヘムよ O Little Town of Bethlehem」あたりしか馴染みがないが,いずれも極めてオシャレで洗練された編曲。 この2曲は和音の構成音が多く,バランスを間違えるとメロディが行方不明になったり響きが汚くなるので,初心者向きの編曲とは言えないが,それらがピタリと決められれば,これほど素敵で効果的な編曲も少ない。他の4曲はそれほど難しくはなく,10ヶ月後のクリスマス・シーズンに向けて,早目に準備しておきたい楽譜である。 そして考えさせられるのは,ハル・レナード社刊によるこれらの楽譜の価格である。いずれも厚くても30ページ程度だが,カラーの綺麗なイラスト入りのしっかりとした表紙が付いて$6.95〜$7.95という価格は,現在のレートで5〜600円程度。昨今の円高の影響を考慮しても,国内版の価格に比べるとやはり安く感じる。両国では出版や流通の事情も当然異なるのだろうし,日本への送料の問題もあるが,うらやましい価格である。
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