90. 「パウル・ユオンの『舞踏のリズム集』 その2」

「パウル・ユオン:新舞踏のリズム集 op.24」表紙前回は書き切れなかったが,全5曲の「新舞踏のリズム集 Op.24で,「一種のヴィルトゥオーゾ的」と書いた3曲目*1) は,決してP,Sともに鍵盤上を常にところ狭しと駆け巡る作品ではないが,7拍子という複雑なリズムと繊細なアーティキュレーションを生かし,その上で「舞曲」としての軽快さ,楽しさを失うことなく演奏するのはまったく至難であり,まさにヴィルトゥオーゾのための作品である。

この曲と曲集の最後の5曲目の変奏曲は演奏時間も6分以上(他の3曲は2〜3分)かかり,決して「ささやかな小品」ではない。5曲の曲集全体から発散される面白さと真摯さの絶妙なバランス,変化に富む曲想と雄大なスケール,ピアニスティックな響きの美しさと多彩さ,そして5曲目の最後の豪快な盛り上がりは極めて効果的で聴く者に強烈な印象を与えるうえ,全曲の演奏時間は約20分(忠実に反復した場合)と手頃でもあり,リサイタルやコンクール向きの傑作である。これまでほとんど知られていないが,特にコンクールの自由曲としては有利なのではないだろうか。無論,簡単に弾ける作品ではなく,この作品の真価を発揮できるのは相当に優れたデュオに限られるだろうが。

さて1908年に出版された,「第3組 (Dritte Folge)と書かれている「舞踏のリズム集 Op.41の5曲も「パウル・ユオン:舞踏のリズム集 op.41」表紙−クリックで拡大優れた作品である。それまでの「舞踏のリズム」と比べて,響きはいっそう豊かで複雑となるだけでなく,各曲の個性と曲集として見た場合の各曲間の対照が際立っている。1曲目は冒頭の2つの音符によるモティーフが印象的(日本古謡「さくらさくら」に似ている)であり,その民俗舞曲風の性格は2曲目「華麗なワルツ」とまさに対照的。楽譜で S の4段目から現れるワルツのメロディを聴くと,メロディ・メーカーとしてのユオンの優れた資質とともに,このメロディが P の弾く別のメロディと見事に絡み合うさまに,ユオンが身に付けた高度な書法が示されている。3曲目は付点リズムの短い作品だが,4曲目「踊る5度」はまったくユニークだ。遅いワルツのリズムに乗って,Pが5度の音程のメロディを弾く。Sは左手も大部分は卜音譜表で書かれているため,5度音程の響きと相まって,澄んだ魅力的なオルゴールの音のように響く。そして最後リスト風の豪快なヴィルトゥオージティを発揮する「悲劇的ワルツ」。華麗なカデンツァも登場し,全体は極めてラプソディックで,タイトル通り悲劇的な部分が多いが,感傷的なワルツや甘美なワルツも表れるので,バラード風の雰囲気が強く,技術的にも曲としてまとめるのも非常に難しい。この「舞踏のリズム集 Op.41も,やはりコンクールの自由曲に選べば強烈な印象を与え得るのではないだろうか。何よりも,ほとんど知られていないということは,名曲として既に審査員間にもそれぞれのイメージが定着してしまっている作品に比べて,解釈の自由度が広いと思う。演奏時間「悲劇的ワルツ」6分ほどで,短い3曲目2分弱のほかはいずれも3〜4分程度である。この作品を紹介したのは,なにもコンクールを有利に進めるためではなく,その本意は今や楽譜の人手も容易となり,もっと弾かれるべき作品であるからに過ぎない。

ところでこの作品はベルリンのリーナウ社から出版された。楽譜の表紙や裏表紙を見ると,そこにはリーナウの名はかっこの中に記され,シュレジンガー社の名が大きく書いてある [注:上記表紙画像をクリックすると拡大画像がご覧いただけます。] ので,不思議に思うかも知れない。これはリーナウ社を興したロベルト・リーナウは,そもそもシュレジンガー社に入社した後に同社を買収した人物で,シュレジンガー社の名を残しながら,そこにリーナウの名を加えて出版活動を続けたそうだ。リーナウはモシェレスにも学んでいるが,20世紀に入っても次々と出版社を買収して事業を拡大した。

【参考情報】
*1) [松永教授のとっておき宝箱] 「90. パウル・ユオンの『舞踏のリズム集』 その1」

【2010年9月18日入稿】