88. 「忘れられた作曲家 その4 山の見置きはするなの巻」

今回を含めて4回,IMSLP *1) シブリー音楽図書館*2) にあるヴィルムのデュオ作品について触れてきた。これまで取り上げたのは,いずれもロマン派風の親しみやすい作品である(はたしてヴィルムはこうした作風ではない,19世紀末から20世紀はじめの「前衛的」な作品を残したのであろうか)が,実はもっと親しみやすく弾きやすい作品として,まず「ワルツ組曲 第3番 Walzersuite No.3 0p.93をご紹介する予定であった。

アルトマン(W.Altmann)の目録によれば,1891年に出版された作品。全9曲の短いワルツによって構成され,6,8曲目以外のワルツは完全終止しているものの,次々に先のワルツヘと続き,9曲目のコーダでは最初のワルツが回想されて華やかに幕を閉じる。はじめと最後のワルツ以外,つまり2〜8曲目のワルツは見開き2ページに収まり,演奏時間は全曲で各部の反復を含めても10分ほど。楽譜の表紙や曲の冒頭のタイトルの下に「変ホ長調」と記されているが,各ワルツはハ短調,変イ長調,口長調,ハ長調と調性もテンポも,そして曲想もさまざまである。技術的にも決して難しくないだけに,表情の変化やリズムの「ため」が作りやすく,連弾演奏の醍醐味が味わえる作品である。

しかし原稿を書き終えて確認すると,肝心の作品のファイルが IMSLP にもシブリーにも見当たらないのだ。だいたい私が珍しい楽譜をダウンロードするのは,多くがこの2つのサイトからである。ダウンロードした際に,どこからダウンロードしたかの記録を残していないので確証がなく,私の記憶違いかも知れないのだが…。

実は以前もこうした事があり,それが「52. ロチェスター大学のシブリー音楽図書館 その4 サロン音楽の華」*3) で,当初はシュット(Edouard Schütt)の連弾作品,「ワルツの童話 Walzer-Märchen op. 54aを採り上げ,原稿を書き終えた後に確認したらシブリーからファイルが消えていて,急いで原稿に手を加えたことがあった。ところが最近,久し振りにシブリーシュットの作品を調べたら,この「ワルツの童話」が復活しているばかりか,以前にはなかった連弾作品が増えていた。

昔,どこがで「山の見置きはするな」という言葉を見たか聞いたかした覚えがある。山に入って木の実やキノコなどの山の幸を見つけた時,「帰りに採ろう」などと思ってそのままにしておくと,誰かが先に採ってしまう可能性があるので,獲物を見つけたらすぐその場で採れということである。ネット上の獲物もそれと同じで,「後でも良いか」と思っているとチャンスを逃して残念な思いをすることになる。今後,もしヴィルム「ワルツ組曲 第3番」をどこかで見かけたら,直ちにダウンロードすることをお勧めしたい。
なおアルトマンによれば,多作なヴィルム連弾のための「ワルツ組曲」を4組残しているだけでなく,単に「組曲」と題された作品は8番まである。いずれこれらの作品もネット上に登場するかも知れない。

それとどこからかは忘れたが,やはりネット上がらダウンロードし,現在は IMSLP にもシブリーにも見当たらないヴィルムの連弾作品に,「舞曲の鏡像に写った民族と時代 Völker und Zeiten im Spiegel ihrer Tänze op.31がある。マグローの本にも記載がないが,計17曲の舞曲集で,実質的な総ページ数も84ページに及ぶ大作である。タイトル通り,ここに含まれる舞曲はジーグ,パヴァーヌからボレロやチャールダーシュまで,時代も地域もさまざまである。個々の舞曲は技術的に難しくなく,曲想も親しみやすく魅力的な作品が多く,アンコールなどでサラリと弾かれると極めて効果的であろう。この作品もどこかで見かけたら,ぜひダウンロードを。

もっとも「チャールダーシュ」などは,噴出する激情と渦巻く興奮を求めるには品良く整い過ぎているようで,ある種の「毒」のなさがヴィルムの長所であり,同時に短所なのかも知れない。そんな中で,ノスタルジックな抒情を静かに歌う15曲目の「ルール」は,小粒だがキラリと輝く宝石だと思う。

【参考情報】
*1) [サイト] International Music Score Library Project (日本語版)
*2) [サイト] Sibley Music Librery
*3) [松永教授のとっておき宝箱] 「52. ロチェスター大学のシブリー音楽図書館 その4〜サロン音楽の華」

【2010年8月21日入稿】