83. 「ドビュッシーの新しいピアノ・デュオ・レパートリー その3」

デュラン社の “ Œuvres pour piano à 4 mains vo1.2” *1)の中身の続き。

Œuvres pour piano à 4 mains Vol.2「バッカスの勝利」に続くのは1882年6月に完成された「間奏曲」で,楽譜のタイトルの上にはハイネの同名の詩が6行書かれている。やはり音楽院の試験のための管弦楽作品の連弾版で,7月11日の試験で第2次席賞を受けたとある。軽快なリズムの舞曲風の作品で,まとまりも良く演奏時間は4分ほど。もっと注目されて当然の作品である。

そして演奏時間11分という大作が1884年の夏に書かれた「ディヴェルティスマン(嬉遊曲)」。初期の作品とはいえ,その洗練された抒情,変化に富む曲想と極めて多彩な響きは,連弾作品としても実に効果的で,知られていないのが本当に惜しい。拍子も6/8 2/4から3/4,2/4,6/8と変化し,主要なテンポの変化だけでもAllegro Scherzand, Andante, Andantino, Allegretto vivo, Andante,Allegretto vivo と変わり,コーダは更にPiù mosso となり,熱狂的なクライマックスを迎える。この年の5月〜6月はローマ賞の試験の時期で,そのための作品,合唱とオーケストラのための「春」や,大賞を受賞する「放蕩息子」を作曲しており,創作意欲の充実ぶりをうかがわせる。

フランソワ・ルシュール著「伝記 クロード・ドビュッシー」(笠羽映子・訳 音楽之友社刊)ところでドビュッシー研究の泰斗,フランソワ・ルシュールによる大著「伝記 クロード・ドビュッシー」(笠羽映子・訳 音楽之友社刊)*2)は,圧倒的な情報量の質と量の両面を備えているが,その中にはこの時期のドビュッシーの金策の悪戦苦闘ぶりが書かれていて,なかなか興味深い。もっとも金策に苦労するのは,この時期に限らず,生涯続くことになるのだが。この本は本文ばかりでなく,付録群も実に充実しているが,そのひとつである「幾つかのドビュッシー伝説をめぐって」の項も有意義だ。根拠を示してさまざまな「伝説」を否定しているので,怪しげな説の受け売りは減るはずである。

Première Suite d’orchestreさて,これまで述べた2巻のほかに,2008年に同じデュラン社から出版されたのが,「管弦楽組曲 第1番 Première Suite d’orchestre*3) 連弾版である。これは1882の後半から84年のはじめにかけて作曲され,楽譜の序文には「最近発見された自筆譜による」とあるので,「全集」と謳ってある例のアリオンのCDにも収録されていない。*1) この組曲は「祭り」「バレエ」「夢」「行列とバッカナール」の4つの楽章から成り,発見されたオーケストラ・スコアは第3楽章が欠けているとのこと。

まず「祭り」演奏時間6分半ほど。平行和音が多用され,しかも厚い和音はまさにオーケストラの響きである。執拗に反復される冒頭の短いモティーフと,中間部の滑らかなメロディが印象的。 「バレエ」Sによって弾き出される主題の主要部が日本の陰音階と同じため,とても日本的に響き,一瞬「ハッ!」としてしまう。もちろん日本的に響くのはその箇所だけなのだが。それにしても伴奏の和音のアルペッジョやメロディの装飾音が,この楽章の色彩感を実に豊かにしている。演奏時間は4分ほどで,滑稽なようでもあり,また同時に荘重で儀礼的にも聞こえる主要部と,甘美(甘美過ぎるほど!)な中間部との対照が際立つ。「夢」はタイトルから想像通りの曲想だが,ここでのトレモロやアルペッジョなどの巧妙な工夫は,改めてドビュッシーが若くしてピアノから色彩を引き出す天才であったことを思い知らされる。演奏時間約6分「行列とバッカナール」はファンファーレで始まる快活な曲で演奏時間は8分ほどとかなり長い。タイトル自体,前述の2巻中の「バッカスの勝利」の第4楽章「行進曲とバッカナール」に似ているが,どちらも主調はホ長調で,モティーフやリズムには似た形も見られる。

ともかく,こうした新しいレパートリーを世に出す出版社の音楽界への貢献を称えたい。あとはこれらの楽譜に新鮮な命を吹き込む演奏家の出現に期待したい。

 

【参考情報】
*1) [松永教授のとっておき宝箱]「83. ドビュッシーの新しいピアノ・デュオ・レパートリー その2」
*2) [音楽之友社サイト]伝記 クロード・ドビュッシー」商品詳細
*3) [サイト]" DURAND-SALABERT-ESCHIG"

【2010年5月22日入稿】