82. 「ドビュッシーの新しいピアノ・デュオ・レパートリー その2」

クリスチャン・イヴァルディ Christian Ivaldi (1938-)ずいぶんと前のCDの話だが,クリスチャン・イヴァルディノエル・リーの演奏による ARION 「ドビュッシー・ピアノ・デュオ全集 ARN 268128には,「小組曲」「白と黒で」といった代表的なデュオ作品の中に,曲名も初めて聴く珍しい連弾作品が数曲混じっていた。

それらは,例のチャイコフスキーのパトロネスであったメック夫人に献呈された初期の「交響曲 ロ短調」 (1881年1月完成) から「小組曲」 (1889年完成) の間に作曲された。

初期のドビュッシーの作風に特有の,親しみやすくロマンティックな曲想の作品で,なかなかに魅力的だったが,これらの楽譜は当時はまだ刊行準備中とのことで,ど うにも手の出しようがなかった。それが今では,全集版からの抜粋という入手しやすい形デュラン社から "Œuvres pour piano à 4 mains Vol.1,2" として出版*1)されている。 Œuvres pour piano à 4 mains Vol.1コ ピーライト表示は両巻とも2007年なので,それほど「新しい」とは言えないが,作品の存在白体,まだあまり知られてはいないようだ。1巻には,これだけは既にかなり知られている「交響曲 ロ短調」のほか,「アンダンテ・カンタービレ」「ディアーヌ序曲」が, 2巻には「バッカスの勝利」「間奏曲」「ディヴェルティスマン(嬉遊曲)」が収録されており,全曲がスコア形式,編集・解説はノエル・リーである。

Œuvres pour piano à 4 mains Vol.2まず「アンダンテ・カンタービレ」は「交響曲 ロ短調」が書かれた直後の1881年はじめの作品で,「交響曲」の 第2楽章の可能性もあるとのこと。愛らしく親しみやすい主題群が,プリモ・セコンド間 を行き交い,弾いていて楽しい作品である。演奏時間は約7分。パリ音楽院で作曲を学んでいたギロー*2)のクラスでの課題として演奏された作品だが,その時の試験官のトマ*3)デュボワ*4)の耳には,「いささか長過ぎた」ようだ。しかし繊細な音型とさわやかな抒情は,やはり初期の人気作品である「2つのアラベスク」の魅力と共通しており,技術的にも決して難しくなく,初期のドビュッシーの作風のファンには見逃すことのできない作品であろ う。

「ディアーヌ序曲」は1881年11月にローマで完成された作品で,師のギローに献呈されている。といってもローマ賞の大賞受賞者に認められたローマ留学時の作品ではなく (84年に「放蕩息子」で大賞を受賞してローマに赴くのは翌85年),メック夫人に再度雇われて一家とともにモスクワからウィーン,そしてヴェネツィア,ローマを経てフィレンツェへと,およそ2か月に及ぶ豪華な旅行をした時の作品である。もっとも受賞後、ロー マでも手掛けて結局は未完に終わった「森のディアーヌ」とも主題的には関連があるそう だ。

その「ディアーヌ序曲」は精気に満ちた活発な作品で,頻出するトレモロやそれに類するさまざまな音型が,ピアノから実に多彩な響きを引き出している。これも「アンダンテ・カンタービレ」同様,演奏時間は7分ほどであり,S もメロディを弾く機会が多く, P との掛合いも楽しい。

2巻の「バッカスの勝利」は1882年はじめの作品で,管弦楽版と連弾版が計画されたそうだが,管弦楽版は未発見とのこと。しかも全4楽章のうちの第1楽章の「ディヴェルティスマン」(後で触れる同名曲とは別の作品)と第2楽章の「アンダンテ」は現存するが,第3楽章の「スケルツォ」は存在せず,第4楽章の「行進曲とバ ッカナール」は2種類の断片のみが残された。

管弦楽曲として計画されただけあって,第1楽章は音に厚みが増しているが,演奏時間3分半ほどの小品。第2楽章の「アンダンテ」は9/8拍子の流れるようなリズムを持つノクターン風の作品で,Sの右手による息の長い 旋律は,オーケストラ版ではチェロあたりが朗々と歌うのであろうか。連弾で旋律を「歌 わせる」のが得意なデュオ向けの作品で,やはり演奏時間は3分半ほど。全体の統一感を考えるのは当然なので,第4楽章の2種類の断片には,どちらにも第1楽章の主題が登場する。

2巻の残りの作品については次の機会に。

【参考情報】
*1) [サイト]" DURAND-SALABERT-ESCHIG"
*2) [Wikipedia(jp.)]「エルネスト・ギロー」
*3) [Wikipedia(en.)]"Ambroise Thomas"
*4) [Wikipedia(en.)]"Théodore Dubois"

【2010年5月8日入稿】