64. 「連弾ワルツ集の系譜 その4」

「62.連弾ワルツ集の系譜 その3」*1)フックスの作品に触れながら,書き残したことがある。IMSLP*2)には「ワルツ」ではないのだが,「とても易しい小品集 Sehr leichte Stücke Op.28*3)があり,これには特に断り書きはないが,ファイルを開くと実は連弾曲である。

全12曲の小品集で,「とても易しい」のタイトル通り,Pは(長いスケールやアルペジオを弾く時に必要な)親指を軸とした運指を必要としないが,その反面Sの伴奏はリズムの処理や和声が教育用の作品としては非常に凝っていて,ブラームスによる「すべてにおいて洗練され熟達している」というフックス評を確認することができる。

当然,Sは特に曲集の後半では「とても易しい」状態とはほど遠い。マグローやアルトマンの本にも記載がなく,極めて珍しい作品である。

ハンス・フーバー Hans Huber 1852〜1921さて,今回取り上げる「ワルツ集」は,スイスの作曲家ハンス・フーバー(Hans Huber 1852〜1921)*4)による「ワルツ集 Walzer Op.59」(1880年刊)で,楽譜はシブリーにもIMSLPにもある。*5)*6)

しばらく前まで,私はスイスで最も重要なロマン派の作曲家であったフーバーの名前さえも知らなかったが,ある時,偶然に「ピアノ連弾のためのすべての調による前奏曲とフーガ Präludien und Fugen in allen Tonarten für Pianoforte zu vier H[CD]"Preludien und Fugen in allen Tonarten fur Pianoforte zu vier Handen Op.100」"ジャケットänden Op.100(タイトルには「すべての調による」とあるが,実際は12曲しかない。)のCD(pan classics 510 128)を手に入れ,聴いてみてそれらの濃密なロマン的曲想,多彩な響き,時に豪快なまでのスケールの大きさがとても気に入った。誠に残念ながら楽譜は未だ入手できないでいる。

フーバーはライプチィヒ音楽院で学び,シューマンやブラームスらから強い影響を受けたが,その作風は単にドイツ・ロマン派のイメージばかりでなく,第1番の「前奏曲」の繊細で柔和な流れはフォーレを連想させる。

「前奏曲」だけを取り上げても極めて面白く,重厚でバロック的な付点リズムの第2番,快活なジーグ風の第3番と,実に変化に富んでおり,これだけでも興味深い連弾のレパートリーとなる。

フーパーはこれまではほとんど無視同然であったが,デュオ作品も数多く残しており,今では「ワルツ集 Op.59」のほかにも,やはり連弾曲の「ルツェルン湖のレントラー Ländler vom Luzerner See Op.11」がIMSLPで見られるようになった。*7)

まず全12曲からなる「ワルツ集」キルヒナーに献呈された作品で,第1番を見るとPによる冒頭の旋律や,Sの大胆な歩調のリズムは,ブラームスの「ワルツ集」の第1番へのトリビュート以外のなにものでもない。ここでは鍵盤の幅を一杯に使って,豪快な響きを出している。その後,これらの「ワルツ」はさまざまな表情を見せながら進行し,静かな清流のような第9番を経て,敬度な祈りにも似た第12番最初と同じ変ロ長調に戻って曲集を閉じる。

ブラームスの「ワルツ集」と同傾向だが,大胆な転調が頻出する作風は完全に後期ロマン派風である。ファイルの元となった楽譜の状態のためであろうか,9ページ(第4番)の右上の角が破れていて,その裏面とともに音符が少し欠けているが,幸いな事に同様の箇所から類推して修復できる。

前回ご紹介したフックスの「ワルツ集 Op.25」と比べると,同じ1880年の出版ながら,フーバーの「ワルツ集」の方が技術的にはやや難しく曲想も重厚だが,どちらも復活させる価値は十分な作品である。

さて,「レントラー」は「ワルツ」をゆるやかにした感があり,「ワルツ」が大流行する前に好まれた舞曲だが,フーバーの「ルツェルン湖のレントラー」全15曲からなり,「ワルツ集」に比べるとやや地味な感じがするが,作品の特徴は同様で,技術的にも易しく,こちらも強くお薦めできる。地味な曲が多いとはいえ,ダイナミックな第5番のSでは,88鍵の最低音より半音下のGis音が書いてある。またファイルの楽譜には書き込みがあり,第6番のPではミスプリを訂正してある。