62. 「連弾ワルツ集の系譜 その3」

「連弾ワルツ集の系譜 その2」*1)ダルベールの「ワルツ集」(1888年刊)に触れたが,1880年代の「ワルツ集」で,やはり今ではあまり知られていない作曲家たちの作品が,シブリー*2)IMSLP*3)のおかげで簡単に入手できるようになった。

ローベルト・フックス Robert Fuchs(1847〜1927)その一人はオーストリアの作曲家でローベルト・フックス(Robert Fuchs 1847〜1927)*4)で,作曲家としての本人の名前よりも,ウィーン音楽院で教えたマーラーやヴォルフやツェムリンスキーら,生徒の方がよほど有名になってしまった。

フックスには5曲の交響曲のほかに「ピアノ協奏曲 Op.27」(2P版がシブリーにもIMSLPにもあり*5)*6),なかなかヴィルトゥオーゾ風の書法)といった大作もあり,友人でもあったブラームスは特に「交響曲 第1番」を高く評価していたという。

フックスにはまた連弾のための小品集も多く,特に数組の「ワルツ集」「レントラー集」を残している。そのうち10曲ずつ2巻の「ウィンナ・ワルツ集 Wiener Walzer Op.42」(1886年刊)はジムロック社から入手できる。*7)

ブラームスの「ワルツ集」が,北ドイツ出身のブラームス独特の「渋み」を含んでいるのに対し,フックスの「ウィンナ・ワルツ集」には,その名の通りの甘美なテイストがある。2巻の最後のワルツだけが見開き4ぺージ以外は,すべて見開き2ぺージに収まる短い作品である。

ほとんどのワルツがABAの3部形式で,AとBAの各部を反復するが,演奏時間は反復を含めても2分程度に過ぎない。Sは単にワルツのリズムを刻みながら伴奏の和音を弾くだけではなく,対旋律や合いの手を弾く機会も多く,2番では手を交差させて始まるPとの美しいデュエットを弾くし,5番ではカノンの動きもある。

最もウィーン風な,優美で夢見るような情緒に満ちているのはニ長調の9番だが,その前の嬰へ短調の8番激しい情熱を叩きつけるような曲なので,そうした対照が曲集全体のスケールを豊かにしている。

2巻の10曲は1巻に比べると内容的に深みを増し,それらの繊細微妙な曲想は単なる「舞曲」としてよりは,芸術的作品としての性格が濃くなっている。

フックスは「ワルツ王」,ヨハン・シュトラウスIIにも何かと縁のある人で,シュトラウスIIのデビュー50周年に当たる1894年10月14日,ブラームスやハンスリック*8)らが列席する中,ウィーン楽友協会大ホールでの記念コンサートで,「こうもり序曲」を指揮している。

このフックスの「ウィンナ・ワルツ集」は現在も出版されているためか,シブリーやIMSLPには見当たらないが,IMSLPに「ワルツ集 Walzer Op.25」(1880年刊)*9)がある。

この作品は1,2巻ともに12曲,計24曲の短い「ワルツ」からなり,最も短いものは16小節,長いものでも見開きで2ページ半である。

1巻の1,2番ともに嬰へ短調で,そのひなびた味わいはブラームスの「ワルツ集」の持つ「渋み」にも近い。そして最後の2曲変ト長調で,追憶に満ちて,深く沈潜したロマンをたたえている。2巻はいずれも転調が素晴らしく,濃厚なロマンに満ちている。曲想も変化に富み,最後のト短調の曲は「ワルツ」のイメージからは遠く,まるで「ハンガリー舞曲」のようだ。これら24曲から,好みの「ワルツ」を弾くのも良いし,1巻全曲を弾いて甘美な余韻を残して終わるのも,2巻全曲を弾いて華やかに終わるのも良い。

ここにご紹介したフックスの作品は,決して超絶技巧を要する作品ではないが,うまく表情を付けて旋律や転調の美を際立たせることによって,極めて効果的,かつ魅力的に響く作品である。

この場の私の拙い言葉による説明よりも,ぜひ実際に楽譜を見ていただきたい。特に「ワルツ集 Op.25」は簡単に見られるのだから。

【参考情報】
*1) [松永教授のとっておき宝箱] 「60. 連弾ワルツ集の系譜 その2」
*2) [シブリー音楽図書館] "Sibley Music Library"
*3) [IMSLP] "International Music Score Library Project"
*4) [Wikipedia(jp)]”ローベルト・フックス
*5) [シブリー音楽図書館]"Concert für Pianoforte mit Begleitung des Orchesters. Op. 27. Zweiter Pianofortestimme als Ersatz des Orchesters eingerichtet vom Componisten. [Ausgabe mit Begleitung des 2ten Pianoforte]"
*6) [IMSLP]"Piano Concerto, Op.27 (Fuchs, Robert)"
*7) [di-arezzo]"Fuchs, Robert"の検索結果
*8) [Wikipedia]”エドゥアルト・ハンスリック”
*9) [IMSLP] "Waltzes, Op.25 (Fuchs, Robert)"

【2009年7月4日入稿】