60. 「連弾ワルツ集の系譜 その2」

モーリツ・モシュコフスキ [Moritz Moszkowski] (1854-1925)ブラームス(1865年)とレーガー(1898年)の「ワルツ集」の間は33年ものブランクがあるが,その間,有力な作品がないはずはなく,まずモシュコフスキ(1854〜1925)の「5つのワルツ Op.8(1876年刊)が挙げられる。この楽譜もシブリー*1)にもIMSLP*2)にもあるし,「民音音楽資料館」*3))に行けば(多分,今でも)現物が見られる。

ポーランド系のユダヤ人でドイツのコンポーザー・ピアニストでベルリンで活躍し,晩年はパリに住んだ経歴が示すように,作風もコスモポリタン的で,しかもその生来の器用さと活躍した時代の違い故か,この「5つのワルツ」ブラームスの「ワルツ集」から11年しか隔たっていないにもかかわらず,その形式も曲想もだいぶ異なっている。

ブラームスの「ワルツ集」が比較的短い作品(最も短い作品は第3番の18小節)が数多く配列されていて,二重対位法の第16番を除くと,ほとんどSは伴奏を担当するのに対し,モシュコフスキの「5つのワルツ」ではそれぞれの作品が規模が拡大され,Sの役割もPと完全に対等とまでは言わないものの,「伴奏だけ」の役割を脱している。私の手元の楽譜で全曲のぺージ数の正味を比較すると,ブラームスは16曲で22p,モシュコフスキは5曲で26pである。曲想も滋味豊かだが地味なブラームスに対し,概して華やかである。

確固としたリズムで始まるイ長調の第1番最もドイツ的だが,イ短調の第2番は短調ではあっても,そこにあるのはブラームスの深刻な諦念と痛切な孤独ではなく,優雅な憂愁である。カノンによる第3番は,モシュコフスキの熟達した作曲技法を明瞭に示す作品で,PとSのカノンにもかかわらず,少しもギクシャクした所はなく,ロマンティックな曲想には哀愁さえ漂う。第4番華麗なショパン風,最後は落ち着いて格調高いドイツ風に戻って全曲を締め括る。

この20歳そこそこの作品である「5つのワルツ」に「深刻さ」が足りないと言ってモシュコフスキを貶めるのは,全く不当である。もしモシュコフスキの連弾曲に「深刻さ」を求めたいならば,「カレイドスコープ(万華鏡) Kaleidoskop Op.74」(1905年刊)を弾いてみることをお薦めする。幸いこの楽譜もシブリー*4)にもIMSLP*5)にもあり,モシュコフスキの再評価に役立つに違いない。E. ダルベール [Eugene D`Albert] (1864-1932)

さて,ブラームス〜レーガー間を埋める「ブラームス風」の作品としては,ダルベール (Eugen D'Albert 1864〜1932) 「ワルツ集 Op.6が挙げられる。

ダルベールはスコットランド生れのドイツのコンポーザー・ピアニストで,リストの高弟として,当時,世界最高のピアニストの一人に数えられた(と言っても,現在ではそれほど知名度は高くないだろうが)。作曲家としても活躍し,晩年はオペラに没頭してその数は20曲に及ぶという。

この「ワルツ集」は1888年に出版されているので,モシュコフスキの12年後,レーガーの10年前に位置する作品ということになるが,これまではほとんど知られていなかった。

おなじみのマグロー (HcGraw) の著作*6)中では「復活させる価値がある」と記されているが,やはりシブリーやIMSLPのおかげで,それがやっと可能になった。誠にありがたい事である。

この「ワルツ集」は13曲のワルツで構成され,最後にコーダとして1曲目が回想される。やはり各曲は短いため,ヴィルトゥオーゾ・ピアニストの片鱗が窺われる華麗なワルツもあるものの,それほど難しくも派手でもないし,2曲目や9曲目の静かに上下する旋律のしみじみとした叙情は,まさにブラームス的である。軽快なリズムに乗って,PとSが手を交差させながらロマンティックな旋律を弾き交わす5曲目だけに限っても,弾く者にも聴く者にも大きな喜びと楽しみをもたらす事は間違いないので,この機会にぜひ弾いて欲しい。また全曲演奏ではなくとも,気に入ったワルツをアンコールとして使っても効果的である。

【参考情報】
*1) [シブリー音楽図書館] "Fünf Walzer. op. 8 : für das Pianoforte zu vier Händen/componirt
von Moritz Moszkowski."
*2) [IMSLP] "5 Valses, Op.8 (Moszkowski, Moritz)"
*3) [サイト] 民音音楽資料館
*4) [シブリー音楽図書館] "Kaleidoskop. Miniaturbilder für das Pianoforte zu 4 Händen, op. 74."
*5) [IMSLP] "Kaleidoskop, Op.74 (Moszkowski, Moritz)"
*6) [松永教授のとっておき宝箱] 「18. マグロー氏の選択」 

【2009年6月4日入稿】