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今回も"F.Schubert The Unauthorised Piano Duos divine art25026"の話題が続く*1)が,それだけこのCDが興味深く,聴き応えがあることにほかならない。 収録曲の3曲目は,シューベルトの最も親しかった友人の一人,ヨーゼフ・ヒュッテンブレンナー編曲の「ロザムンデ序曲」の連弾版である。シューベルトが歌曲「鱒」を献呈しようとして,急いで書き上げた草稿にインクを乾かすための砂の代わりに誤ってインクをかけてしまったという,有名なエピソードの当事者の一人である。 このヒュッテンブレンナー編曲の楽譜は,前回のこの欄で述べたチェルニー編曲の「鱒」とともにオーストリア国立図書館からコピーを得たそうだが,この楽しい「序曲」の軽快なリズムを聴くと,田中一実氏の譜めくりでこの曲を演奏したことを思い出さずにはいられない。*2)懐かしくも,またとても感慨深い。 その時の楽譜はシェーンベルク編曲のウニヴェルザール(Universal)版だったが,ついでに述べるとこの楽譜は「キプロスの女王,ロザムンデ」の付随音楽からの抜粋で,「序曲」だけでなく「間奏曲」や「バレエ音楽」も含んでいて,この楽譜のCD(Schubert・Rosamunde arr.for Piano MDG 330 0763-2)*3)もあり,シュピーデルとトレンクナーが見事に弾いている。 ところでこの楽譜,「序曲」部分のページの下部にはU.E.154.443.909と3種類の番号があり,「序曲」の後の「間奏曲」からは単にU.E.909となる。古いウニヴェルザール版の裏表紙の広告を見ると,U.E.154は「序曲アルバム」の第3巻,U.E.443はブランツ=バイス編曲による「シューベルト序曲集」となっている。これらの番号から判断すると,どうもシェーンベルクが連弾に編曲したのは「序曲」の後の「間奏曲」からで,「序曲」はブランツ=バイスの編曲を利用したようだ。 シュピーデルとトレンクナーによるCDの解説書も,その事に触れており,シェーンベルクの仕事を「校訂」としている。U.E.154や443の楽譜を入手して見比べれば,実際にシェーンベルクがこの「序曲」にどの程度手を入れたのかが分かるだろう。 さて,シュピーデルとトレンクナーの演奏によるシェーンベルク編曲の「序曲」と,ゴールドストーンとクレモウによるヒュッテンブレンナー編曲の同曲の演奏を聴き比べると,編曲者が違うと言ってしまえばそれまでだが,両者ともに優れた出来栄えで,前者の研ぎ澄まされた演奏に対して,後者はいかにも自然に,楽しげに弾いている。 話をゴールドストーンとクレモウのCDに戻すと,次の「D.618aのスケッチによるポロネーズ 変ロ長調」は,1818年に書かれたスケッチに基づいてゴールドストーンが補完した小品。まったくゴールドストーンのデュオのレパートリー探求への強烈な意欲には感服するばかりだ。 そして収録曲の5曲目は,プロコフィエフが2台ピアノ用に編曲した「ワルツ集」である。プロコフィエフはこの作品をピアノ・ソロ用にも編曲しているが,それにしてもプロコフィエフとシューベルト…。「鋼鉄の歩み」と形容されるピアノ作品の作曲者が,なぜシューベルトの編曲を?との疑問は当然であろう。 この作品の録音は過去にもあり,それを聴いてもどうもピンとこなかったのだが,このCDの良く歌って優美な演奏を聴いて,初めて納得のいく演奏に出会った気がした。シューベルトとプロコフィエフの二人が,ワルツを意外にうまく踊っている様子が目に浮かぶようだ。実際には,シューベルトは友人たちのダンスの伴奏をピアノで弾くばかりで,自身は決して踊らなかったそうだが。 そして最後は最晩年の傑作,「弦楽五重奏曲 ハ長調 D.956」の「第2楽章 アダージョ」のウルリッヒ編曲による連弾版である。凄絶で劇的なへ短調の中間部を持つものの,果たして連弾で効果的な演奏が可能かと思うこの長大な楽章を,実に見事に弾き切って,このCDを印象的に締め括っている。 幸いな事に,この編曲はIMSLPにあって,果敢な挑戦者を待っている*4)状況である。
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