55. 「ゴールドストーンとクレモウの偉業 その3」

ゴールドストーンとクレモウは,前回までにご紹介してきたような珍しいデュオ作品ばかりを弾いているのではない連弾作品の「王道」であるシューベルトも,7枚に及ぶ全集を録音(Olympia OCD672〜677)している。

それらは繊細でしかも表情豊かな歌い方で,名技性やスケールの大きさ等のバランスが良く,いずれもとても立派な演奏であり,二人のシューベルトの連弾作品への深い理解と共感が強く感じられる。これまでほとんど注目されることはなかったのが残念なだけでなく,不思議でさえある。[CD]"F. Schubert The Unauthorised Piano Duos divine art 25026"ジャケット(クリックで拡大画像)

そうしたシューベルトの「王道」を堂々と歩んできたゴールドストーンとクレモウだからこそ,より説得力を持つ,大変珍しくそして貴重な内容のCDが "F. Schubert The Unauthorised Piano Duos(divine art 25026)"*1)である。

このタイトルは,ゴールドストーンの解説によると「シューベルトの死後に出版されたため,シューベルト自身による『お墨付き』のないデュオ作品」といった意味のようだ。その1曲目は「鱒」のチェルニーによる連弾用編曲である。といっても,このチェルニーは例の教則本で有名なカールの方ではなく,ヨーゼフ・チェルニー(1785〜1831)とのこと。

「チェルニーによる『鱒』の連弾版」というと,昨年の「ラ・フォル・ジュルネ」エンゲラーとベレゾフスキーによる演奏があったはずだ。今,その公式ホーム・ページを見ても,単に「チェルニー編」としか表記がなく,私はその演奏会には行かなかったのでブログラム等の資料もないのだが,もしかすると,この演奏もヨーゼフ・チェルニー版によるものだったのではなかろうか?

確かに編曲の分野だけでも膨大な仕事をしたカール・チェルニーだけに,「鱒」の連弾版を残していたとしても何ら不思議はない。ただチェルニーの多数の編曲の「質」に関しては,常に最良の結果を出したとは言えないらしく,ルービン(E. Lubin)がその著書で,シューベルトの「フィエラブラス序曲」シューベルト自身の連弾用編曲チェルニーによる連弾用編曲を比較している。そこでは両版の特徴を「独創的な想像力の行使」で「シンプルで生気がある」に対して「熟達した職人的な仕事」で「型にはまった」と断じている。

幸いなことにIMSLP*2)には,チェルニー版ではないがウルリッヒ(Hugo Ulrich)*3)編曲の「鱒」の連弾版があり,この楽譜を見ながらCDを聴くと,当然,細部はかなり異なっているが,ウルリッヒ版でも「鱒」の連弾版は相当楽しめる作品であることがわかる。

IMSLPには楽譜の本体部分だけがあり,表紙や扉がないので,ファイルの表記を信用するしかないのだが,楽譜下部のU.E.805.の記号は,他の資料によるとブランツ=バイス(J.Brandts=Buys)*4)による編曲のようだ。この楽譜の現物が入手できれば,事態ははっきりするのだが。

2曲目の収録作品は「43.踊る人形たち…ポルディーニのピアノ作品 その2」*5)で触れた「シューベルトの即興曲 作品90-2による2台のピアノのための練習曲」であり,この珍しく,そして実に楽しい作品を聴くことができる。

8ぺージ以降,中間部の舞曲的な旋律に冒頭の音階的な動きが重なる箇所や,10ぺージの後半から「さすらい人幻想曲」の旋律が登場するのもユーモラスで面白い。

楽譜を見ずに演奏を聴いた時,もう少しこの旋律をソフトに弾いて欲しいと感じたのだが,11ページの1小節目のIの見慣れない指示,quasi gariglione ガリッリョーネのように」のガリッリョーネとは,チューブラー・ベル*6)の事であり,これはポルディーニの意図に忠実な演奏なのだ。その後に登場するII による対旋律も美しく,この作品,文字通り2台のピアノのための練習曲として使っても,あるいはアンコール・ピースとしても極めて効果的である。

【参考情報】
*1) [CD] SCHUBERT: "UNAUTHORISED" PIANO DUOS GOLDSTONE & CLEMMOW
*2) [IMSLP]International Music Score Library Project
*3) [www.bach-cantatas.com] Hugo Urlich に関する解説
*4) [www.classical-composers.org] J.Brandts=Buysに関する解説
*5) [松永教授のとっておき宝箱]「43. 踊る人形たち…ポルディーニのピアノ作品 その2」
*6) [ja.wikipedia.org] チューブラーベル

【2009年3月21日入稿】