49. 「ロチェスター大学のシブリー音楽図書館 その2 趣味の世界」
「46.ロチェスター大学のシブリー音楽図書館その1」*1)でご紹介したハイナウアー社ポルディーニ作品の表紙や,ベライエフ社グラズノフ「幻想曲『海』」2台8手版の扉絵をご覧いただけただろうか。

音楽そのものと直接関係は薄いが,現在のフランクフルトのベライエフ社*2)の楽譜の表紙は,ご存じのように白とグレーの渋い色調のもので,扉にもなんの装飾もないが,古いベライエフ社の楽譜の扉絵には以前から興味を引かれ,私の手元にも数冊ある。

表紙の下部に記された年号が,その楽譜そのものが発行された年ではなく,初版の発行年であるらしいことには以前から気付いていた。

と言うのは,当時の同社のほとんどの楽譜の表紙の裏や,裏表紙はカタログにもなっていて,細かい字で多くの楽譜のタイトルや編曲者名が記されているが,その中には表紙の年号よりもずっと後年に作曲された作品も含まれているからである。

この図書館で表示している,これらのグラズノフ作品の出版年(Date of Issue)も,表紙の下部に記された年,つまり初版発行の年である。とすると当然,所蔵された楽譜そのものの出版年が,必ずしも表示された出版年ではない場合もあるのではないか。

実際,ここに所蔵されている楽譜中,2点は同じ楽譜が私の手元にもあるが,表紙に記された当時の価格は私の持っている楽譜の方が安いのだ。一般的に考えれば,私の手元の楽譜の方が,より「古い」ことになるのだが,それでも決して初版ではない。

この図書館所蔵のグラズノフ作品の扉をずっと見ていくと,1897年発行の「戴冠カンタータ Op.56」のスコアまでが,地味か美麗かはともかくとして,とにかく色刷りであるが,それ以降の大部分は,あっても白黒の飾りの模様のみになっている。

どうもベライエフ社の楽譜の扉絵は時代が下るにつれて,味気無いものに変わってしまうようだが,1889年の「幻想曲『森』 Op.19」2台8手版(C.Tschernoff編)は白黒の絵しかない。

しかし,これも初版からずっとこの状態だったのか,初版からしばらくの間は色刷りだったのに,ある時期から白黒に変わってしまったのかは不明である。

このあたり,増刷ごとに発行年が記してあれば,明確になったのに残念である。

ベライエフ社の美麗な扉絵があるのはグラズノフの作品だけでなく,例えばリムスキー=コルサコフ「ピアノ協奏曲 Op.30」も同様である。「リムスキー=コルサコフ/ピアノ協奏曲 Op.30」の表紙。クリックで拡大します。

不思議な事に,私の手元にあるこの楽譜には,裏表紙の広告にブージー&ホークス社*3)の名がある。「ニューグローヴ世界音楽大事典」*4)によると,「ブージー社がホークス&サン社と合併してブージー&ホークス社になったのは1930年」とあるから,この楽譜はそれ以降,第二次世界大戦後にベライエフ社がライプツィヒから移転するまでの間の楽譜ということになる。

そんなに後の時代まで,美麗な扉絵を持った楽譜が売られていたのであろうかと疑問に思う。

楽譜の製本と販売の実際には,全く疎い私には想像するほかはないが,表紙と裏表紙以外の中身だけをたくさん刷っておいて,その在庫がなくなるまで表紙と裏表紙を貼り付けて売り続けるということがあるのだろうか。

「グラズノフ/弦楽四重奏のための組曲 Op.35」の表紙。クリックで拡大します。っとも,19世紀中に同社から出版された楽譜でも,スクリャービンの作品などは,こうした飾りは全くないので(無論,ごく一部を見ただけなのだが),作曲家によって楽譜の装丁も最初から違っていたのだろう。

いずれにしても,同社の扉絵は,そのタイプもさまざまであり,創業者のベリャーエフに捧げられたグラズノフ「弦楽四重奏のための組曲 Op.35」のように,とてもモダンに感じられるものもある。

私のように,作品よりも表紙や扉の「絵」に魅せられて楽譜を求める輩は少なかろうが,ネットショップでそれらの画像まで表示してあることが極めて少ない現在,この図書館は,その意味からも私にとって,とても役に立っている。

【参考情報】
*1) [松永教授のとっておき宝箱] 「46. ロチェスター大学のシブリー音楽図書館 その1」
*2) [サイト]www.belaieff-music.com
*3) [サイト] BOOSEY & HAWKES "Company History"
*4) [サイト]ニューグローヴ世界音楽大事典Web

【2008年12月20日入稿】