37.「ピアソラ・イン・デュオ その2」

前回,ご紹介したシーグレルとアックスの演奏による素敵なCD,
「ロス・タンゲーロス〜アストル・ピアソラ作品集」*1)
(まだこの盤を聴いたことのない方は,ピアノ・デュオ・ファンでなくても
買って決して損はしないはず。そして2台ピアノ作品を弾く方なら,
きっと弾いてみたくなるに違いない)には,「リベルタンゴ」のほかに
「フーガと神秘」「天使のミロンガ」「ソレダード(孤独)」「天使の死」
「アディオス・ノニーノ」「ブエノス・アイレスの夏」「ミケランジェロ70」
「タンガータ」
などの作品が収録されているが,
ここにタイトルを挙げた作品の楽譜はすべて出版されている。

カール・フィッシャー版 "Tangos for Two Pianos"の第1巻*2)
(編曲者名記載なし)には「ブエノス・アイレスの夏」「タンガータ」が,
音楽之友社版「2台ピアノのためのピアソラ」(山本京子編曲)*3)には
「アディオス・ノニーノ」が載っていることは,前回も触れた。

そしてC・F版 "Tangos for Two Pianos"の第2巻*4)(こちらも
編曲者名はない)には,収録順に「フーガと神秘」「天使のミロンガ」
「天使の死」「ソレダード」「ミケランジェロ70」
の5曲が載っている。

またシーグレル編曲と明記してある楽譜が,トノス(Tonos)社*5)から少なくとも3曲,
「ミケランジェロ70」*6)「タンガータ」*7)「天使の死」*8)が出ている。

これら以外にも同社から出版されているのかも知れないが,現在,私の手元にあるのは
この3冊だけ。これらの楽譜はいずれもとても凝ったもので,I・IIそれぞれのパート譜と
スコアがセットになっている。

トノス版「ミケランジェロ70」「タンガータ」「天使の死」は2巻のC・F版の作品と
重複しているが,両版を比較すると,実質的には同じと言って差支えないものの,
細部がわずかに異なっている。

ところが実に不思議なことにCDの演奏は,シーグレル編曲とあるトノス版よりも,
3曲ともC・F版により忠実*9)
なのである。これは,いったいどういうことなのであろうか?

もともとシーグレルはジャズを弾いていて,素晴らしい即興演奏をしたらしいので,
自分の編曲した楽譜を自由に弾いても驚くことはないのかも知れないが…。

「編曲」と聞くと,我々はすぐに「原曲は?」とか「編曲者は?」と考えるが,
ピアソラ自身が最高傑作と認めた「アディオス・ノニーノ」には20種類の
アレンジがあると語っているので,編曲のありようや誰が編曲したのかという問題に
悩む必要はないのかも知れない。

それはともかく,このCDの収録曲以外でピアソラの傑作と言えば,ヨー・ヨー・マ
ロストロポーヴィチらによる絶賛を引き合いに出すまでもなく,「ル・グラン・タンゴ」であろう。

そのロストロポーヴィチに献呈されたこの作品,「大タンゴ」のタイトル通り,単一楽章で
演奏時間も10分以上の迫力に満ちた大曲である。

ロストロポーヴィチ自身による演奏のCDのほか,ギドン・クレーメルのヴァイオリンによる

演奏もあり,これはグバイドゥリーナが編曲*10)している。

幸いなことに,この「ル・グラン・タンゴ」2台ピアノ用の編曲もあり,その演奏は
"Duo Turgeon〜Latin American Journey MARQUIS 77471813032"*11)
聴くことができる。

そして楽譜は前述の「2台ピアノのためのピアソラ」(山本京子編曲・音友刊)*3)と,
編曲者名の記載こそないものの,まったく同じ内容の楽譜がベルベン(Bèrben)*12)から
出版されている。

もともとピアソラの作品は,複数の魅力的な旋律が同時に絡み合うように奏される箇所が多く,
それだけでもデュオ向きと言えるが,この編曲ではIとIIの役割の交替も意識されている。

重厚なたたずまいと甘美な官能,野蛮なまでに力強いリズムと軽快な躍動,
燃えるような情熱と孤独な哀愁,渇望と諦観…決して共存できそうには思えない
あらゆる要素が,ここでは見事に一体化
している。

そしてピアニスティックな演奏効果も申し分なく,オリジナル,編曲を問わず,
古今のあらゆる2台ピアノ作品の中に置いても,かなり上位にその地位を占めることは
間違いない傑作である。

【参考情報】
*1) [松永教授のとっておき宝箱]「36.ピアソラ・イン・デュオ その1」参考情報*6)参照
*2) [松永教授のとっておき宝箱]「36.ピアソラ・イン・デュオ その1」参考情報*3)参照
*3) [松永教授のとっておき宝箱]「36.ピアソラ・イン・デュオ その1」参考情報*4)参照
*4) [連弾ネット]メディア プチ インフォ
*5) [サイト]Tonos Musikverlags GmbH (DE)
*6) [Tonos Musikverlags GmbH (DE)]ミケランジェロ70
*7) [Tonos Musikverlags GmbH (DE)]タンガータ
*8) [Tonos Musikverlags GmbH (DE)]天使の死
*9) [松永教授のとっておき宝箱]「36.ピアソラ・イン・デュオ その1」参考情報*5)参照
*10)[amazon.co.jp]ピアソラへのオマージュ
*11)[サイト]http://www.duoturgeon.com/
*12)[サイト]Bèrben Edizioni Musicali

【2008年6月20日入稿】

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