松永教授のとっておき玉手箱－「36．ピアソラ・イン・デュオ　その１」

日本でピアソラ(Astor　Piazzolla　1921～92)^*1⁾の名が急に知られるように
なったのは，もう10年ほど前からであろうか。
一時は代表的作品の「リベルタンゴ」がCMでも使われていた。

ピアソラはアルゼンチンの首都，ブエノス・アイレスの南方約400キロに位置する
大西洋岸の町，マル・デル・プラタでイタリア人移民の両親のもとに生れたが，
ピアソラが4歳の時に一家はニューヨークに渡り，
その地でピアソラはバンドネオンを手にする。

一家が再びアルゼンチンに戻ったのはピアソラが16歳の時で，
ピアソラはブエノスアイレスであちこちの楽団に参加するが，
従来のタンゴに飽き足らず，模索の時代が続く。

1954年，機会を得てパリでナディア・ブーランジェ^*2)に師事した際，
ブーランジェはピアソラを励まし，ピアソラが真に進むべき道を示した。

ピアソラは「タンゴをコンサート用のまったく新しいジャンルに変容させた」と
言われているだけあって，わずかな作品しか知らない私でも，
それらが極めて立派な作品であることは理解できる。

そのピアソラの作品のピアノ・デュオ用の編曲も出版されており，
多分，最も良く知られている「リベルタンゴ」の編曲は，
２台用も連弾用も合わせればかなりの数に上るので，
まず２台用編曲を取り上げよう。

*　*　*　*　*　*　*　*　*　*　*　*　*　*　*　*　*　*　*　*

「リベルタ(自由)」と「タンゴ」を組み合わせた造語という，この「リベルタンゴ」は
激情に駆り立てられるように心が激しく揺り動かされる作品。

演奏時間は４分程度なので，正式のコンサート等ではこれ1曲だけを
弾く機会は限られようが，アンコール・ピースとして，あるいは２～３曲のピアソラの作品を
組み合わせて弾けばとても効果的である。

２台用編曲の「リベルタンゴ」の楽譜は，カール・フィッシャー(Carl　Fischer)社刊の
"Tangos for Two Pianos"の第１巻^*3)に「ブエノス・アイレスの夏」「タンガータ」とともに
収録されており，この楽譜には編曲者の記載はない。

国内版では「２台ピアノのためのピアソラ」(山本京子編曲・音楽之友社刊)^*4)に
「アディオス・ノニーノ」「ル・グラン・タンゴ」の2曲とともに収録されている。

両版の「リベルタンゴ」の編曲はほとんど同じで，違いを捜すのに骨が折れるほどだ。
わずかな違いは，C・フィッシャー版の22小節の1の左手には嬰記号があるが，
これは誤りであろうし，この版には最後の和音に短いグリッサンドが付加されているのが
目立つ程度。

この両版は「ロス・タンゲーロス～アストル・ピアソラ作品集」 (私の手元の盤の番号は
SRCS　8237^*5)だが消費税3%時代のもの)のCDから大きな影響を受けていることは
疑いない。

このCDは，ピアソラの五重奏団でピアニストを11年ほど勤めたパブロ・シーグレルによる
編曲を，シーグレル自身とエマニュエル・アックスが弾いているもので，
12曲のピアソラ作品が収録されており，聴きごたえも十分な実に楽しいCDである。

こうした編曲には，ピアソラの演奏活動の中に身を置いていたシーグレル以上の適任者は
見出だせないであろう。

このCDを聴きながら楽譜を見ると，IとIIの役割が異なる部分もあるが，
音そのものはほとんど同じである。

*　*　*　*　*　*　*　*　*　*　*　*　*　*　*　*　*　*　*　*

さて，山本京子には別の編曲もあり，
「リベルタンゴ，オブリヴィオン(忘却)ピアノ3バージョンによる」(株式会社ショパン刊)^*6)がそれ。

２曲をソロ，連弾，2台ピアノ用に編曲してあり，CD付きなので便利な楽譜である。
ここでの編曲は例のCDの影響から少し遠ざかり，半音階的進行が増えている。

また例のCDとは全く異種の編曲が「タンゴ・フォー・トゥー　ピアソラ，ナザレーの２台のピアノ」
(啼鵬編曲・全音楽譜出版社刊)^*7)に収録されている。

ほとばしるような華麗なアドリブが特徴的な編曲で，他の編曲ではアドリブはIが弾くのだが，
ここでは両者に華麗なアドリブを弾く機会が用意され，
しかもどちらかと言えばIIに重点が置かれている。

舘野泉と水月恵美子の演奏によるこの楽譜のCD「ピアソラ・ナザレー:タンゴ・デュオ!
WPCS-10511」^*８)もあり，いかにもクラシックの演奏家による，
生真面目で立派な「リベルタンゴ」が聴ける。