35.「シューベルト連弾曲公開講座」の事後報告 |
5月22日(木)午前11時からヤマハ銀座店サロンで,
3回シリーズの「シューベルト連弾曲公開講座」*1)の第1回目が行われた。
この日のテーマは「1828年のシューベルトの連弾曲」。
1828年はいまさら言うまでもなく,シューベルトが亡くなった年であり,
「幻想曲 へ短調」「人生の嵐」「ロンド イ長調」*2)といった傑作が
生まれた年でもある。
これらの作品は当初から Duo T&M *3)に演奏していただくことになっていたが,
「連弾ネット」主催の講座としては,単に作品の観賞と一般的な解説だけでは物足りないと思い,
シューベルトの連弾曲の演奏のヒントを多少なりとも織り込みたいと考えていた。
シューベルトの連弾曲の演奏は,概して難しいものである。
よほど連弾演奏に慣れた方々以外は,気軽にちょっと弾いてみただけでは,聴衆には無論のこと,
演奏者自体も楽しむことは難しい作品がほとんどである。
シューベルトの連弾作品の素晴らしさを実感するためには,バランスもアゴーギクもデュナーミクも,
すべての面でデリケートな神経が必要となる。
これに対してドビュッシーの「小組曲」やフォーレの「ドリー」などの,いわゆる定番の連弾名曲は,
聴衆が聴いて楽しめるかどうかはともかく,単に演奏者が弾いて楽しむだけならば,
シューベルトの諸作品よりもずっと気軽に向き合える。
あれだけの質と量を兼ね備えたシューベルトの連弾曲が,演奏される機会が意外に少ないのも,
こうした理由であろう。
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シューベルトは連弾曲を書く際に、P と S との重複を避けるために,細心の注意を払っている箇所が
ある一方で,同じ音が P・S 両方に書かれていたり,書かれている音価よりも早目に指を鍵盤から上げないと,
他方が弾けなくなってしまう箇所もまた多いのも事実である。
原典版以外の楽譜には,校訂者がこうした不都合を避けるために,
断りなしに(もしかすると初版の頃は断り書きがあったのかも知れないが)音価を書き直したり,
音型を変えたり,あるいは音を削ってしまった箇所もある。
もし原典版とそうでない版の2種の楽譜をお持ちの方は,
例えば「幻想曲へ短調」の57〜61小節(譜例1)や207小節目を比較していただきたい。
【原典版】 | |
●Secondo | ●Primo |
【非原典版】 | |
●Secondo | ●Primo |
(譜例1) 「幻想曲 D.940/Op.103」のP・Sが重複する箇所の楽譜の表記例 | |
※クリックで拡大。 |
またある声部で3連符が,別の声部では付点リズムが同時に奏されるように記譜された場合,
ショパンの作品では原則として,最後の音符は同時に演奏されることは,
今ではかなり知られてきているが,こうした記譜法はシューベルトにも当てはまるのである。
これらの知識は技術的に困難なシューベルトの連弾曲に挑戦する際に,
少しでもその困難さを解消するヒントとなろう。
この日,Duo T&M のお二人は「企業秘密」ともいえるこれらの問題の解決法に関して,
豊富な経験に基づく知識を惜しげもなく開陳して下さったことは,
演奏する際の貴重なヒントになったことと思う。
この「講座」のチラシには単に「『Duo T&M』による演奏に解説を加える」とだけしか書いてなかったのだが,
解説の肝心の中身について,もう少し詳しく触れておけば良かったと悔やまれる。
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更に「パート間での音符の再配分」の問題にも触れてみた。
これはイギリスの作曲家でピアニストのファーガスン(H.Ferguson)による
"Keyboard Duets" (Oxford University Press社刊)*4)に例が挙げられているのだが,
「人生の嵐」の138小節以降について,本来は P の左手が担当するコラール風の旋律を,
S が弾くように変更するというものである。
この箇所に関する DuoT&M の意見は,「より旋律の流れを重視して連弾的な演奏をするために
楽譜通りに弾く」(譜例2)というものであった。
●Secondo | ●Primo |
(譜例2) 「デュオ(人生の嵐)D.947/Op.144」の138節目付近[原典版] | |
※クリックで拡大。 |
この問題は,それぞれのデュオの目指す方向性や経験度にも大きく左右され,
絶対的な解答はないのであろう。
素晴らしい演奏を披露して下さった Duo T&M のお二人にとっては,かなり煩わしかったことと思うが,
シューベルトの連弾曲を弾いてみようという受講者にとって,少しでもお役に立てれば幸いであった。
次回の講座でも,演奏者の瀬尾久仁氏・加藤真一郎氏*5)にご協力いただき,
有益な内容にしたいものである。
【参考情報】
*1) [チラシ]松永晴紀シューベルト連弾曲公開講座
*2) 「幻想曲 D.940/Op.103」「デュオ(人生の嵐) D.947/Op.144」「ロンド D.951/Op.107」
*3) [サイト]Duo T&M (豊岡智子・正幸)
*4) [amazon.jp]
Howard Ferguson :Keyboard Duets-From the 16th to the 20th Century : For One and Two Pianos
*5) [サイト]瀬尾久仁・加藤真一郎公式サイト
【2008年5月23日入稿】