33.「サン=サーンス編曲による2曲のロマン派傑作ソナタ」

2月3日(日),トッパンホールでリストの「ソナタロ短調」の2台ピアノ版が演奏された。

演奏はヴァレリァ・セルヴァンスキーとロナルド・カヴァイエの夫婦デュオ。
夫君の著書,「日本人の音楽教育」(新潮選書 1987年刊)*1)
お読みになった方も多いことであろう。

当日のプログラムはラヴェルの「序奏とアレグロ」
サティの「スポーツと気晴らし」(セルヴァンスキーのソロとカヴァイエの朗読),
ジェフスキーの「ウィンズボロ綿工場のブルース」
そしてこの日のメインが休憩後のサン=サーンス編曲によるリストの「ソナタ」

ステージでは2台のピアノの配置は鍵盤が一列に並ぶように,2台を平行に置いていた。
これは単なる推測に過ぎないが,一般的な向かい合わせのピアノの配置よりも,
遅いテンポでの和音の合奏が頻出するリストの「ソナタ」の演奏の際に,
互いの手元が見える方がタイミングを合わせやすいためかとも思ったが,
この二人の演奏を聴くのは初めてなので、いつもこの配置で弾いているのかも知れない。

サン=サーンスはリストの「ソナタ」を1914年に2台ピアノ用に編曲したが,
その楽譜はようやく2004年にデュラン社から初めて出版*2)された。

楽譜の序文や,当日のプログラムにも書いてあることだが,
リスト自身,この作品の2台ピアノ版を作る計画があったそうだ。

実際,リストを「編曲魔」と呼んでも差支えないだろう。
「愛の夢」(原曲は歌曲)をはじめとして自作のさまざまな作品の編曲に際して,
魔術的とも言える腕の冴えを発揮した点と,そのおびただしい作品表を埋める
編曲の数の多さに関して。

それにしても,もしリスト自身による2台ピアノ版が作られていたら,
その後,これほど冷遇されることはなかったであろう。
サン=サーンスはこの「ソナタ」を,フレーズを2台のピアノで交互に弾いたり,
応答したり,一方が旋律を弾くと他方が伴奏を担ったり,
ユニゾンで厚い和音を弾いて交響的な効果を狙ったりといった
2台のピアノの各種の常套的な書法を使って編曲している。

この日の二人の演奏は,コンサート・ピアニストとしてよりも教師としての資質を示す
生真面目な演奏であった。
私の趣味では,この「ソナタ」には「現実にはありえない途方もない夢物語を,
巧妙な話術で語って納得させてしまう」類いの演奏を期待しているが,
ともかくめったに聴く機会のない作品の演奏に接することができた。

この編曲は,原曲をスケール豊かに悠々と弾き切るパワーを持つ二人のヴィルトゥオーゾが,
相手を挑発したり,出方を探ったり,相手のユニークな解釈に触発されたり,
意外な解釈に驚いたり喜んだりしながら弾き進める,
真の名手の楽しみのための編曲ではなかろうか。

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そしてサン=サーンスはショパンの「ソナタ第2番」も2台ピアノ用に編曲しており,
こちらは1907年にデュラン社から出版されている。

この編曲もその書法はリストの「ソナタ」と同様であるが,第1楽章の一部と第2楽章は,
原曲よりも技術的に多少やさしくなっている。

しかし第4楽章はデュオとしての「合わせ」は原曲よりもはるかに難しい
3連符で2拍分,音符6個の短いモティーフをII〜I間で交互に4回(4小節)受け渡した後は,
1オクターヴ離れたユニゾンの単旋律が高速で流れ去る。

その様はサン=サーンスの「動物の謝肉祭」の「らば」のデュオ用編曲と同じである。

この「ソナタ」の編曲は既に録音があり,「10. 楽しい箱モノ」*3)でご紹介した
エグリ&ペルティスによる"Chopiniana HUNGALOTON CLASSIC HCD31917"*4)で聴ける。

ところでこの第4楽章のはじめと終りの部分では,ステージ上のピアノの配置と聴く位置によっては,
II〜I間でのモティーフのやり取りが音源の移動として感じられるはずである。

しかしこの録音は例のダブル・グランド・ピアノで演奏されているので、
その効果が明確でないのが残念。

なお,リストの「ソナタ」も実際に聴いてはいないが,
パラトア(パラトーリ Paratore)兄弟の演奏で既にCD化*5)されている。

【参考情報】
*1) [amazon.jp]ロナルド・カヴァイエ/日本人の音楽教育(新潮選書)
*2) [di arezzo] Franz Liszt, Camille Saint-Saëns: Sonate en si mineur
*3) [松永教授のとっておき宝箱]「10. 楽しい箱モノ」
*4) [NAXOS]ショパン:プレイエル・ダブル・グランドピアノでのピアノ連弾/4手作品集
*5) [サイト]Piano-Duo Paratre

【2008年4月24日入稿】

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