26.「イギリスのピアノ・デュオ作品 その4」 |
イギリスのピアノ・デュオ作品は,フランス近代やドイツ・ロマン派,国民楽派の有名な傑作群と比べると,
ほとんど知られていないと言い切っても良いほどだが,
実際に調べてみると,単に我々がその多彩な面白さに気付かなかっただけだと思い知らされる。
ロード・バーナーズ(Lord Berners 1883〜1950),
本名ジェラルド・ヒュー・ティリット=ウィルソン(Gerald Hugh Tyrwhitt-Wilson)の
作品のユニークさは特に注目に値する。
そのバーナーズ唯一のオリジナル連弾曲である1919年の「ブルジョワ・ワルツ」(Valses bourgeoises)*1)は,
「華麗なワルツ」「ヴァルス・カプリス」「シュトラウス・シュトラウス・シュトラウス」の3曲からなる。
バーナーズは「イギリスのサティ」とも呼ばれたが,この作品はまさにサティ風の風刺に満ちている。
3曲はいずれもピアニスティックな響きを備えているが,
軽快なワルツのリズムに乗った心地好い旋律は,突然の転調や不協和な和音に乗って
あらぬ方向へねじ曲げられて,甘美な優雅さと鋭い風刺との間を漂う。
その様子は夢の中の美しく豪華で,そして不思議な舞踏会のようだ。
3曲目の「シュトラウス〜」(Strauss,Strauss et Straus)は,
日本語では同じだが原綴りは最後のシュトラウスは s が一個少なく,
これはオペレッタ「ワルツの夢」で知られるオスカー・シュトラウス*2)。
その前の2つのシュトラウスは,ヨハン・シュトラウス父子かと思ったら,
一つはリヒャルト・シュトラウスだそうだ。
これらのワルツの演奏には,ある種のセンスが必要だが,
ぜひとも挑戦するデュオの出現を待ちたい。
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なおバーナーズの連弾曲には1919年の「3つの小品」(Trois morceaux)と
1920年の「スペイン幻想曲」(Fantaisie espagnole)の
2つの管弦楽曲からの作曲者自身による編曲がある。
「3つの小品」は「中国風」「感傷的なワルツ」「カサチョク」の3曲でコスモポリタン的な雰囲気を持つ。
「中国風」はその名の通り中国風の曲想だが,単に五音音階のユーモラスな動きだけに頼らず,
なによりも響きが美しく,リズム的な工夫が面白い。
「感傷的なワルツ」は12音技法に近い小節もあるものの,決してギクシャクせずに流麗でロマンティック。
終曲の「カサチョク」は野蛮なロシア民謡風で,
「ペトルーシュカ」の一場面を連想させる演奏効果抜群の作品。
ちなみに私の手元の楽譜は今でも入手可能かは不明だが,
マスターズ・ミュージック・パブリケーションズ(Masters Music Publications)版*3)。
ただし,タイトルは Three Pieces。
一方,「スペイン幻想曲」はタイトル通りスペイン風の作品で,
続けて演奏される「前奏曲」「ファンダンゴ」「パソドブレ」の3曲で構成されている。
スペイン人以外の作曲家による「スペインもの」としては,ドビュッシーやラヴェルの作品が有名だが,
イギリス人のバーナーズが音で描いたスペイン情緒も全く見事なもので,
イギリスのデュオ作品に一層の彩りを添えている。
「前奏曲」は清々しい抒情に満ちて非常に美しく,
後に続く舞曲はいずれも響きの多彩さと色彩感がとても豊富である。
この楽譜はイギリスの楽譜店,musicroom.comからチェスター社の「純正」コピー譜が容易に入手*4)できる。
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バーナーズ自身が受けた音楽教育は,決して系統的なものではなく,
ストラヴィンスキーやカゼッラからアドバイスを受けただけで主に独学とされるが,
それにしては以上の3作品のデュオ作品としての完成度の高さ…
ピアニスティックな演奏効果の高さ,響きの多彩さと色彩感の豊かさ,
そして連弾曲としての「弾く」面白さ…は驚くべき水準にある。
ところで私が以前にネットショッピングで入手した「ブルジョワ・ワルツ」の古い楽譜には,
表紙に白黒ながらイラストがあり,
ヴァイオリンの伴奏に乗って踊るかわいらしい少女たちが描かれている。
「ブルジョワ・ワルツ」というタイトルとイラストに惹かれてこの作品を買った人たちの困惑は,
どれほど大きかったか。
それもバーナーズの皮肉たっぷりの狙いだったのであろう。
なお「3つの小品」の連弾版にもイラストがあったはずだが,私のMMP版にはそうした装飾はなにもない。
【参考情報】
*1) [日英ピアノ・デュオの架け橋2008リスト掲載曲]
*2) [Wikipedia]オスカー・シュトラウス
*3) [購入可能サイト]BERNERS, Lord: Three Pieces ※2008年1月12日現在の情報です。ご購入の際は自己責任でお願いいたします。
*4) [購入可能サイト]Lord Berners: Fantasie Espagnole - Piano Duet ※2008年1月12日現在の情報です。ご購入の際は自己責任でお願いいたします。
【2008年1月11日入稿】