21.イギリスのピアノ・デュオ作品 その3

前回,レオン・ドゥーヴィルの連弾曲集「音楽の夜会」の出版社
“Augener”を「アウゲナー」と書いた。*1)

これは「ニューグローヴ世界音楽大事典」(講談社刊)の同項目による表記で,
この会社の創立者の関係者がドイツ出身であった由だが,
果たして現在でもイギリスでこの会社名をドイツ風に発音するのか
疑問に思っていた。

そこでつい先日,
来春の「日英ピアノ・デュオの架け橋」のワークショップの講師に予定されている
“Piano 4 Hands”*2)長谷川和香さん*3)
打合わせでお会いする機会があり,その折に伺った所,
やはり「オージェナー」とのことだった。

この「ニューグローヴ」,膨大な情報量を誇り,
しかも日本語で読めるのは極めて便利だが,
「ラフマニノフ」が「ラフマーニノフ」となるなど,
執筆者の深い知識と強い信念故か一般的な表記と異なる場合も多い。

さて,その「架け橋」でのメインとなる作曲家が
ヨーク・ボーエン (York Bowen 1884〜1961)*4)である。

ボーエンの名は知られているとは言い難いが,
ロンドンで生れロイヤル音楽アカデミーに学び,
作曲家としてもピアニストとしてもイギリスでは傑出した存在であり,
オルガン,ホルン,ヴィオラ演奏にも優れた腕前を持っていた。

ボーエンのデュオ作品は出版されたものに限れば,
連弾作品は「組曲 Op.53」「組曲第2番(3つの小品) Op.71」「4つの小品 Op.90」
2台のピアノのための作品は「組曲 Op.111」「アラベスク Op.119」である。

ボーエンは「イギリスのラフマニノフ」とも呼ばれ,
デュオ作品中では,長大な「タランテッラ」を終曲として4曲目に持つ「組曲 Op.111」が,
その和音の重厚さ,内声の半音階的な装飾風の動き,
濃厚なロマンティシズム,豪快なヴィルトゥオーゾ的な書法
の点で
最もラフマニノフの作風に近いと言える。

無論,本家の持つスラヴ風の哀愁はないが。

そしてボーエンのデュオ作品はすべてロマン派風の作品である。

1884年前後に生れた著名作曲家の名前を拾うと,
81年はバルトーク*5),82年はストラヴィンスキー*6)
83年はヴェーベルン*7),85年はベルク*8)と並ぶ。

これらの革新的な作曲家の作品群と比べれば,
ボーエンの作品は「時代遅れ」の感は否めず,
先の長谷川さんが生前のボーエンと直接交流があった人から聞いた話では,
ボーエン自身はそうした評価に対して怒っていたそうだ。

ラフマニノフの晩年,1934年の作品「パガニー二の主題による狂詩曲」が,
20世紀前半の作品としては様式的に「時代遅れ」にもかかわらず,
今でも良く親しまれて多くの人々を楽しませているのだから,
そんな評価や批判は気にする必要はないのに,
と今の我々が気軽に思うのは
その時代の空気を吸って生きていた当事者ではないからであろう。

逆に言えばボーエンの作品は親しみやすく,その筆頭は連弾曲の「組曲 Op.53」である。

この作品は1918年の「ミュージカル・オピニオン」(雑誌?)主催の
「英国の作曲家による連弾作品コンクール」の優勝作品で,
翌1919年に出版された。

「前奏曲」「踊り」「夜想曲」の3曲で構成され,
テンポの速い楽章を最後にしたい場合は2,3曲目の順番の入れ替え可
というフレキシブルな作品である。

そしてなぜか表紙と扉には誤って「Op.52」と表記されている。

完全にロマン派的な作品で,
それだけに一度聴いたら,
こんなに魅力的で素敵な作品がなぜ今まで知られていなかったのか
不思議に思うであろう。

「組曲第2番」は暗い情熱を秘めた「Allegro」,繊細でロマンティックな「舟歌」
スポーティな喜びとユーモアに満ちた「無窮動」
3曲それぞれの個性とそれらの対照が面白い。

「4つの小品」はいずれも洗練された
「前奏曲」「ユモレスク」「セレナード」「舞踊曲」から成る。

今でも入手可能かどうか不明だが,
これらボーエンの連弾作品の参考CDとしては

“On Heather Hill OLYHPIA OCD680”*9)
または“British Music for Piano Duet CAMPION RRCD1353”*10)がある。

前者は3組全部,後者は「Op.53と71」のみだが,
個人的には後者の演奏の方が好きだ。


【2007年11月●日入稿】

【参考情報】
*1) 「20.イギリスのピアノ・デュオ作品 その2」
*2) Piano 4 Hands
*3) 「和香のロンドンあれこれ」
*4) 【Wikipedia】ヨーク・ボーエン
*5) 【Wikipedia】ベーラ・バルトーク
*6) 【Wikipedia】イーゴリ・ストラヴィンスキー
*7) 【Wikipedia】アントン・ヴェーベルン
*8) 【Wikipedia】アルバン・ベルク
*9) 【CD】“On Heather Hill OLYHPIA OCD680”
※ネットショッピングが可能。自己責任の上ご利用ください。
*10) 【CD】“British Music for Piano Duet CAMPION RRCD1353”
※ネットショッピングが可能。自己責任の上ご利用ください。

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