20.イギリスのピアノ・デュオ作品 その2

レオン・ドゥーヴィル(Léon d'Ourville)という,
フランス風の名前の作曲家,この人の作品に関して,
例のマグロー氏の著作*1)には
全4巻18曲のピアノ小品集「音楽の夜会」(Soirées musicales)
についてのみ触れてあり,
カール・フィッシャー(Carl Fischer)社*2)から1910年に出版されたとあるが,
作曲家の国籍や生没年については空欄のままである。

しかしアルトマンの目録では,それ以前の1882年に
アウゲナー(Augener)社から出版されたと記されている。

ところで,極めて活発に録音活動を続けているイギリスのデュオ,
ゴールドストーンとクレモウ*4)の名をご存じとは思うが,
その二人に「天国の庭」(Paradise Gardens)*5)という,
自然界からインスピレーションを受けた作品,
なかでも「庭」に関係が深い作品を集めたCD

(手持ちのディスクの番号は TROY 183)があり,
このCDには連弾作品とピアノ独奏曲が交互に配置されて
計23曲が収録されている。

この中にドゥーヴィルの「音楽の夜会」中の1曲,
「庭で」
(In the Garden)が入っており,
ゴールドストーンとクレモウによる解説には,このドゥーヴィルについても触れてある。

それによると本名はジョウズィフ・デニス・ケイルー
(Joseph Denis Cayrou しかしこの名の読み方が正しいかどうか。
ぜひネイティヴのトング氏*5)に伺ってみたい)であるらしく,
1944年に亡くなった以外の経歴は一切不明とあり,
彼ら自身も更なる情報の提供を求めている。

ごく最近の彼らの住所はともかく,少なくとも手元にある
1998/99年度版の「国際音楽関係者紳士録」では,
リンカーンシャーに居を構えており,
イギリスに住む彼らにとってもこれだけの情報しか得られないのは,
まさに「謎の作曲家」なのであろう。

以上の限られた情報を整理すると,
多分1850〜60年ころに生れ,フランス風のペン・ネームを使い,
「音楽の夜会」が1882年に出版され,
かなり長生きをして1944年に亡くなった
ことになる。

CDの解説には国籍は記されていないのだが,
この「音楽の夜会」以外の連弾作品,
「イタリア風タランテッラ」(Trantelle Italienne)
「二人の小さな友達」(Two Little Friends)
全2巻の「野ばら」(Wild Roses)
すべてアウゲナー社から出版されているところから,
このドゥーヴィルはイギリスの作曲家,または少なくともイギリスで活躍した
作曲家なのではなかろうか。

だとすると
時代的には前回ご紹介したスタンデール・ベネット(1816〜75)*6)と,
次回以降にご紹介する予定のロード・バーナーズ(1883〜1950)*7)
ヨーク・ボーエン(1884〜1961)*8)の間に位置する
イギリスの作曲家ということになる。

*******************

さて,その「天国の庭」で聴ける「庭で」だが,
これがとても愛らしいサロン風の素敵な小品なのである。

流れるような快適なリズムに乗って,穏やかなメロディが心地好く,また
ある瞬間には微かな憂いの陰りを見せながら流れて行く。

こうした優れた作品がごく自然に書けるのは
作曲家として相当な実力の持ち主なのであろう。

私は全4巻の「音楽の夜会」のうち,
3巻以外の3冊と「イタリア風タランテッラ」しか持っていないのだが,
「音楽の夜会」には実に魅力的な小品が多く,
「イタリア風タランテッラ」極めてロマンティックで陶酔的である。

いずれも決して難しくなく,連弾曲としてPもSも楽しく弾ける上に,
これほど親しみやすい小品群がすっかり忘れ去られてしまったことは
誠に残念と言うほかはない。

著作権の保護期間も終わっているので,
来年の「日英ピアノ・デュオの架け橋」の際にでも,
ぜひ参考作品として演奏していただきたいものである。

今回は謎の作曲家のぼんやりとした話で恐縮だが,
もし私の推測が外れて,ドゥーヴィルがイギリスの作曲家ではなかったとしても,
多数の素敵な小品が皆様のお耳を大いに楽しませることだけは
確実である。



【2007年11月1日入稿】

【参考情報】
*1) 【書籍】Cameron McGraw/Piano Duet Repertoire: Music Originally Written for One Piano, Four Hands, Indiana Univ. Pr.
Reprint版((2001/10/1)についてはこちら。
*2)  CARL FISCHER MUSIC
*3) 【参考サイト】 Goldstone & Clemmow
*4) 【CD】Anthony Goldstone & Clemmow: "Paradise Gardens"
*5) ジョセフ・トング氏。ロンドンを拠点に活躍する夫婦デュオ「Piano 4 Hands」(旧トング・デュオ)。彼らのHPは「連弾ネットピープル」から。
*6) 【Wikipedia】ウィリアム・スタンデール・ベネット ※「日英ピアノ・デュオの架け橋2008」リスト登載曲。詳細は近日掲載。
*7) 【Wikipedia】ロード・バーナーズ ※「日英ピアノ・デュオの架け橋2008」リスト登載曲。詳細は近日掲載。
*8) 【Wikipedia】ヨーク・ボーエン ※「日英ピアノ・デュオの架け橋2008」リスト登載曲。詳細は近日掲載。

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