19.イギリスのピアノ・デュオ作品 その1

2008年4月に「連弾ネット」主催による
「日英ピアノ・デュオの架け橋2008」(仮題)*1)
が予定されている。

しかし,我々にとって「イギリスのピアノ・デュオ作品」と言われても,
すぐに頭に浮かぶ代表作があるだろうか。

ご存じのようにイギリスはピアノ・デュオ発祥の国である。
16〜17世紀に活躍したカールストンやトムキンズ*2)による連弾曲や,
ファーナビー*3)による2台の鍵盤楽器のための作品は,
いずれも最初期のピアノ・デュオ作品とされている。

そして現在,我々に最も良く親しまれている
イギリスのピアノ・デュオ作品と言えば,
リチャード・ロドニー・ベネット(1936〜)*4)による,
聴いても弾いても実に楽しい
「4つの小品組曲」*5)あたりであろうか。
その間,実に400年近く。

ずいぶんと時代が隔たっている。

もっともこれはイギリスに限った問題ではなく,
パスクィー二*6)やクープランらによるわずかな作品を除くと,
1600年頃から約150年の間は
実質的にはピアノ・デュオの空白時代
であり,
クリスティアン・バッハやモーツァルトによる連弾作品が次々に登場して,
ピアノ・デュオのレパートリーが豊かになり始めるのは
1770年代
のことである。

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では,続く19世紀,ピアノ音楽が,
それと同時にピアノ・デュオが花開く時代のイギリスのピアノ・デュオ作品は
どうだったのであろうか。

「大英帝国の国威が輝かしかった間,
音楽の創作はきわめてパッとしなかったのは周知のことである。」

(柴田南雄著西洋音楽の歴史・下一 音楽之友社刊)*7)
と断定的に書かれた書物もあるので,
19世紀のイギリスのピアノ・デュオ作品に関して,我々の知識がほとんどなくても,
その原因は我々の怠慢や無関心とばかりは言い切れない。

同書で柴田氏がこの時代のイギリスの大作曲家として
唯一,その名を挙げているエルガー(1857〜1934)*8)が,
ピアノ・デュオにほとんど無関心であったのは
ピアノ・デュオ愛好家にとっては残念であった。

わずかに「セレナード Op.20」「交響曲第2番 Op.63」
連弾用編曲があるが,
これらは20世紀になってからの作品であり,
代表的な小品「愛の挨拶」にはSchott社から
連弾版(編曲者名の記載はない)も出版*9)
されているが,
これがエルガー自身による編曲だとしても,
当時の大英帝国の国威に比べれば,
余りにもささやかな存在でしかない。

エルガーと同じ年に亡くなったホルスト(1874〜1934)*10)の代表作
「惑星」の2台ピアノ用編曲と数年前に出版された連弾用編曲も,
確かにしばしば弾かれるイギリスのピアノ・デュオ作品には違いないが,
やはり20世紀の作品である。

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さて,私が知っている唯一の19世紀前半のイギリスの連弾作品でもある,
ウィリアム・スタンデール・ベネット
(Sir William Sterndale Bennett 1816〜75)*11)
による
「3つの気晴らし Op.17」(3 Diversions)*12)はここに記す必要がある。

というのは例のマグロー氏*13)も この作品を
「復活させる価値がある」としているのだ。

ベネットはロイヤル音楽アカデミーで学び,
17歳で自作のピアノ協奏曲を演奏してその名を知られるようになった。

1836年,ライプツィヒに赴きメンデルスゾーンやシューマンから強い影響を受けている。

指揮者としても活躍し,ケンブリッジ大学の教授にもなり,
1871年にはナイト爵に叙せられている。

この「3つの気晴らし」は1839年ころの作品で,
メンデルスゾーンの「無言歌」風の伸びやかな旋律
ロマンティックな和声を持っているが,
そればかりでなく連弾曲としてP・S間の連携といった面白さにも
事欠かない。

ルービン(Ernest Lubin)もその著書
 "The Piano Duet"(Da Capo Press刊)*14)中で
この作品の素晴らしさについて触れており,
特に優雅で魅力的な第2曲(Andante cantabile ホ長調)
高く評価している。

来年の「架け橋」で,この作品が演奏されることを期待せずにはいられない。



【2007年10月18日入稿】

【参考情報】
*1) 【日英 ピアノ・デュオの架け橋 2008】の詳細は、11月上旬発表予定。企画書はこちら
*2) 【Wikipedia】トマス・トムキンズ
*3) 【Wikipedia】ジャイルズ・ファーナビー
*4) 【Wikipedia】Richard Rodney Bennett
*5) 【CD】リチャード・ロドニー・ベネット/4つの小品組曲
*6) 【Wikipedia】ベルナルド・バスクィーニ
*7) 【書籍】柴田南雄著西洋音楽の歴史・下一 音楽之友社刊
*8) 【Wikipedia】サー・エドワード・ウィリアム・エルガー
*9) 【楽譜】エドワード・エルガー/愛の挨拶(ピアノ連弾)[ショット・ミュージック]
*10) 【Wikipedia】グスターヴ・ホルスト
*11) 【Wikipedia】ウィリアム・スタンデール・ベネット
*12) 【楽譜】「3つの気晴らし Op.17」(3 Diversions)は、近日中に「楽譜ダウンロードサービス」に登載予定。
*13) 【松永教授のとっておき宝箱】「18. マグロー氏の選択」
:*14) 【書籍】Ernest Lubin: "The Piano Duet"

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