16.「フォルテピアノ・デュオ」
前回は渡邉順生氏の労作
「チェンバロ・フォルテピアノ」(東京書籍株式会社刊)
にも少し触れた*1)
が,
氏は演奏家としても活躍しており,
既に多数のCDをリリースしている。

それらの中には
「モーツァルト フォルテピアノ・デュオ
ALM RECORDS ALCD-1073」*2)

という一枚があり,
このCDは「レコード・アカデミー賞2006」の
器楽曲部門に選ばれている。*3)

レコード・アカデミー賞の歴代受賞ディスクに関して,
筆者は何も知らないのだが,
ピアノ・デュオのCDが選ばれるのは,
極めて稀ではないだろうか。

このCDはモーツァルト
「2台のピアノのためのソナタ K.448」
「ラルゲットとアレグロ(ロバート・レヴィンの補作に基づく)」
といった2台のピアノのための作品,
そして連弾曲は
「アンダンテと5つの変奏曲」
「ソナタ ヘ長調 K.497」
の合計4曲が収録されている。

演奏自体も見事なものだが,
そればかりでなく,
渡邊氏自身による解説がとても優れており,
「連弾曲があまり演奏されない理由」
「モーツァルトのクラヴィーア・デュオ」
と題された章では,
氏の豊富な知識と経験に基づいた
ピアノ・デュオに関する卓見に接することができる。

氏による「曲目解説」は
歴史的にも,そして音楽的なアナリーゼの観点からも
実に詳細なもので,
これらの作品を演奏する際には非常に参考になる。

さらに
「ヴァルターとホフマン
〜モーツァルトのピアノとこの録音における使用楽器」

と題された章があり,
使用楽器に関して詳しく解説してあるため,
18世紀のウィーンの2種類のフォルテピアノの音色を
明瞭に聴き比べることができる
だけでなく,
2曲の連弾作品は異なる楽器で演奏しているため,
それぞれの楽器の特徴も良く分かる。


筆者を含め,ほとんどのピアノ・デュオ愛好者は
歴史的な楽器に接する機会はごく少ないであろうが,
「フォルテピアノなんて私には関係ない!」と見逃してしまうには
あまりにも惜しいCDである。


さて数か月前に,
実際に手にして一瞬,「アレッ?」と思ったCDがある。
「デュエット 中野振一郎チェンバロ&高田泰治フォルテピアノ」
(マイスター・ミュージック MH-1227)*4)
がそれであり,
「チェンバロとフォルテピアノのための作品集」という
サブタイトルが付いている。

収録されているのは
大バッハ,その長男のフリーデマン・バッハ,
そして大バッハにも師事した
クレプスによる「2台の鍵盤楽器のための協奏曲」計3曲
,
及び大バッハの次男のエマヌエル・バッハによる
「4つの小二重奏曲」から第1〜3番
である。

3曲の協奏曲は
いずれもオーケストラを必要としない協奏曲
(大バッハの「ハ長調 BWV.1061」も
オーケストラ・パートは後に付加された)であり,
これらの作品は演奏される機会も少なく,
時代的に新しくはないものの,
逆にピアノ・デュオの新鮮なレパートリーとなり得る。


このCDを聴けば,
これらの作品が決して退屈でも無味乾燥でもなく,
それどころか実に楽しく生き生きとしており,
現在のモダン・ピアノで弾いても
効果的・魅力的な作品
であることが
容易に想像できよう。

IとIIのどちらが
チェンバロなのか,フォルテピアノかの表記はないものの,
チェンバロの華やかな音色と,
フォルテピアノのやや鈍く柔らかい音色は
容易に聴き分けられる。

唯一,気になったのは
 
zwei Tasteninstrumente(2台の鍵盤楽器)を,
「チェンバロとフォルテピアノ」と表記している点
である。

異種の鍵盤楽器による演奏なので,
敢えてこうしたのであろう。

無論,異種の鍵盤楽器を使ってこ
れらの作品を演奏することは決して邪道ではないが,
この表記では
「作曲家が当初からチェンバロとフォルテピアノの
2種の鍵盤楽器による演奏を
前提として作曲した作品」と誤解される可能性

あるのではないだろうか。

このCDを手にした時に,
筆者が戸惑ったのもそうした理由からである。


【2007年9月6日入稿】

【参考情報】
*1) 「15.続・楽しい箱モノ」参照
*2) 「モーツァルト フォルテピアノ・デュオ ALM RECORDS ALCD-1073」の紹介はこちら。
*3) 音楽之友社刊「レコード芸術」誌により選定される賞。2006年受賞ディスク一覧は、こちら。
*4) 「デュエット 中野振一郎チェンバロ&高田泰治フォルテピアノ」 (マイスター・ミュージック MH-1227)

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