15.続・楽しい箱モノ
この欄の「10.楽しい箱モノ」*1)
エグリ&ペルティスが弾くプレイエル社の「ダブル・グランド・ピアノ」のDVD*2)
について書いたが,
その楽器よりも100年以上も前の1777年に
ヨハン・アンドレアス・シュタイン(1728〜92)によって製作された
「ヴィザヴィ」(Vis-à-vis 向かい合っての意)と呼ばれる
二台の鍵盤楽器を組み合わせた楽器によるCD,
「シュタインのヴィザヴィによるモーツァルト」
(MOZART AM STEIN VIS-A-VIS harmonia mundi HMC901941)*3)
がある。

この楽器は
フォルテピアノとチェンバロを長方形のケースに組み込んだ,
まさに異種混合=ハイブリッド楽器
であり,
フォルテピアノ側には1段,チェンバロ側には3段の鍵盤を備え,
その最下段の鍵盤はフォルテピアノの鍵盤と連動
しているため,
フォルテピアノは両方の鍵盤で弾くことができるという。

この楽器に関しては
渡邊順生氏の大著
「チェンバロ・フォルテピアノ」(東京書籍株式会社刊)*4)

に内部のアクションを含めてかなり詳しく記されている。

230年も前の楽器にもかかわらず,
CDの紙ジャケットや解説書の写真を見ると,
特に3段鍵盤のチェンバロ側は,
当時の白と黒が逆の鍵盤の色彩
によって,
高性能のコンピュータを装備した
最新式の電子鍵盤楽器のような印象を受けるのが
不思議である。

このCDは
アンドレアス・シュタイアーと
クリスティーネ・ショルンスハイム
の2人によって,
13曲のモーツァルトの作品と,2人の「即興演奏」が演奏され,
オリジナル・デュオ作品としては
KV.358(変ロ長調)とKV.381(二長調)の2曲の「ソナタ」
が収録されている。

ただし,この機能的にも複雑な楽器を
2人がどのように演奏したか,
つまりどちらか一方の鍵盤で連弾したのか,
あるいは2台の鍵盤楽器として
「向かい合って」演奏したのかは解説書に記述もなく,
私の鈍感な耳と貧弱な再生装置では,
全曲に関する詳細な演奏法は不明としか
言いようがなかった。

それでも部分的には
「ここはチェンバロ,こっちはフォルテピアノ」
と明らかな箇所もあるのだが。


それはともかく,「ソナタKV.358」の第2楽章を聴いて
とても驚いた。

一般的なピアノ連弾による演奏から受ける印象と
まったく違っているのだ。

通常,「ソナタ」の緩徐楽章はその名の通り,
「ゆるやかで落ち着いた」雰囲気のものだが,
このCDでの2人の演奏では実に「楽しげ」なのである。

この楽章は3/4拍子でAdagioの指示がある
(実はAdagioの指示は自筆譜にはない)が,
2人はおよそ[四分音符=60]のテンポを採り,
楽譜通りに前半,後半ともに反復をして,
6分40秒ほどでこの楽章を弾いている。

参考までに
タール&グロートホイゼンのCD*5)では
[四分音符=50]ほどのテンポ。

CDの演奏時間の表示が短いのは
後半の反復を省略しているためで,
この時間を加えると8分15秒近くかかることになる。

タール&グロートホイゼンの演奏が
極力伴奏の音を目立たせないように弾き,
旋律を「夢見るように」歌い出すのに比べ,
シュタイアー&ショルンスハイムの演奏では,
伴奏の音が「ジャカジャカ」と景気良く鳴るのだが,
それが決して喧しくなく,また鈍重な感じも与えないのだ。

そして
楽譜にはない即興的な装飾が盛大に加えられるので,
「楽しげ」な感じが一層強調される。

この印象は「ソナタKV.381」の緩徐楽章でも
基本的には変わっていなかった。

無論,現代のピアノではこれと同等な演奏は困難だろうが,
楽器の違いによって表現の可能性が
これ程までに違うとは,思ってもみなかった。

モーツァルトは
シュタインの製作したピアノをとても気に入っていたが,
前述の渡邊氏の著作によると,
残念ながらモーツァルトはシュタインの
「ヴィザヴィ」を見ていないそうだ。

しかし,もしモーツァルトがこの楽器を
実際に弾いていたら,
どんな作品を産み出したか想像するのは楽しい。


【2007年8月23日入稿】

【参考情報】
*1) 「10.楽しい箱モノ」はこちら。
*2) 【DVD】 "The Pleyel Double Grand Piano in Concert HUNGAROTON HDVD32446"こちら。
*3) 【CD】 「シュタインのヴィザヴィによるモーツァルト」(MOZART AM STEIN VIS-A-VIS harmonia mundi HMC901941)
*4)  渡邊順生著 「チェンバロ・フォルテピアノ」(東京書籍株式会社刊)
*5) 【CD】 タール&グロートホイゼン:モーツァルト:2人のピアニストのための作品集 Vol.1

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