At the piano with Each Other -vol.2

前回に引き続き、まず、英国雑誌Pianoにて特集されたピアノ連弾シンポジウムの記事から連弾のテクニック、ルバートについての最終記事をご紹介します。

編集者Jeremy Siepmann(以下JS)が世界のベテランピアノ連弾演奏家にインタビューをしたもの。題して、At the piano with Each Otherというタイトルのこの記事。以下が、インタビュー登場演奏者です。

"Piano" Jan/Feb 2008 Produced by Rhinegold Publishing Ltd.●ラベック姉妹 (Katia & Marielle Labèque)
●ペキネル双子姉妹(Guher & Suher Pekinel)
●ヨーク2 (John and Fiona York)
●ゴールドストーン&クレモウ(Anthony Goldston & Caroline Clemmow)
●タル&グロートホイゼン (Yaara Tal & Andreas Groethuysen)
●ペンティネン&デルウィンガー (Roland Pöntinen & Love Derwinger)
●バイヤー&デーグル (Isabel Beyer & Harvey Dagul)
●パウル・バドゥラ=スコダ (Paul Badura-Skoda Jörg Demus
イエルク・デームスと50・60年代にパートナーを組み活動をしていた。

記事参照:"Piano" Jan/Feb 2008
Produced by Rhinegold Publishing Ltd.

JS:デュオ、連弾において、前もって話し合った結果のルバートではなく、全く自然に
その場で二人が同調しあって生まれるパーフェクトなルバートはあり得るのでしょうか?そのためには、何か本能的なセンスを養うのでしょうか?
デーグル: ほとんどのデュオがそうだとおもうなあ。例え初見をしている段階であっても同じようなニュアンス、同様なルバートの感じを持って演奏しているんだよね。それに、練習してしまうと、本当に繊細なニュアンスというのは台無しになってしまうようにおもう。演奏においてフレッシュさ、自発的に起きる自然なものは残しておかないと。
ジョン・ヨーク: お互いに好きなことが出来る、この信頼関係は素晴らしいものだよ。
アンサンブルがめちゃくちゃになるんじゃないかとか勘違いされないかなんていう心配がいらないからね。この信頼関係を持てるようになるにはやはり経験、リハーサル、そして多くの演奏機会が必要だね。大体分かってしまうんだよ、あ、これはリハーサル通りの演奏なんだなってね。
フィオナ・ヨーク: 連弾では、完璧な場所が作られたときにそれが起きるとおもうわ。テンポが完璧、素晴らしいピアノ、静かな聴衆、この三つがそろえば始まり
よ。ちょっとした強弱の違いからそれこそ座っているポジションの違いなんかから相手に伝わるのね。そして「WOW!」という瞬間が生まれる。
グロートホイゼン: 本能よりも経験が大事だとおもう。最初は話し合う必要があるけれどもそのうちにその必要もなくなる。そして本当に経験を積むと、お互いに
話し合いをなくして何をしてもリスクをとる必要がなくなる。
スコダ: 本能よりも自発的な協和だね。
ペンティネン: メロディーをルバートを用いて自由に歌えるのは勿論良いことだけれど、やり過ぎも禁物だ。どこで音が調和されるべきか、よーく考えないといけない。そういう点、オーケストラの音、楽器を考えるのはとても有意義なことだとおもう。
カティア・ラベック: 私たちは、皮肉なことに反対だわ。ルバートを一緒に弾こうなんておもわないの。ハーモニーの中で“一緒に弾かないよう”に練習するのよ。
お互い自由に弾く、もちろんある程度までね。ということは、確かにちょっとだけシンクロされていないことになるんだけれども、歌手がよくすることよね。たとえば、シューベルト「幻想曲」。本当に自由に歌おうとおもったらいつもベースラインと一緒になんかあり得ない。ラヴェル「スペイン狂詩曲」でもそうだわね。あまりにもシンクロされていると、逆に一台のピアノ、ピアニスト一人に聴こえてしまう。でも、これは室内楽よ。一人ひとりの独創性、個性が大事だとおもう。ラフマニノフが組曲2番の最初を2台のピアノのユニゾンに書いたのは、2台ピアノという媒体を誤解していたとおもう。同じことがリストにも言えるわね。私には、間違いよ。
ペキネル: 私は、2台ピアノ、そしてほかの室内楽、たとえばトリオ、弦楽四重奏、五重奏などとの違いは、二つの楽器が同じ音、同じような音を出すということだとおもう。だから、逆にもっと二つの楽器の音を変えるほうがいいとおもうの。そうでないと2台ピアノは、本当の意味でのライヴの媒体ではなくなる。
これからも英国でのデュオ、2台ピアノの掲載記事などご紹介できたらとおもいます。

さて、ロンドンには著名なピアニストが多く住んでいます。キーシン内田光子さんをはじめブレンデルもその一人。ハムステッドという北ロンドンの静かな住宅街に住むブレンデル。

この秋、とうとう最後の引退コンサートを行いました。フェスティバルホールにて、チャールズ・マケラス指揮によりフィルハーモニアオーケストラとモーツァルト協奏曲第9番K.271を演奏。私は、あいにくその夜にドイツより帰ってくることになっていたので行けないなあと思っていたのですが、なんと同じプログラムをハンプシャー州にあるBasingstokeというロンドンから特急列車で40分くらいの街で演奏*1)するというではないですか!慌ててチケットを取ろうとおもったら、やはりこちらも完売。こういうときは、持つべきものは友人です。チケットが取れた!こんな田舎でも2か月前から完売とは、さすがブレンデル引退だけありますね。

友人曰く「大丈夫、ちょっと手を回して、I made offer that he couldn’t possibly refuse しておいたからチケット手に入る」

そう連絡があったのが2週間前。
それにしても、このセリフ、ゴッドファーザーで聞いたような・・
ま、何の手を使ったかは知りませんが裏のチケット取得方法があるらしい・・

さてプログラムは、ハイドン/交響曲第104番「ロンドン」、そしてモーツァルト/協奏曲第9番、休憩後は、ドヴォルザーク/交響曲8番

ブレンデルのモーツァルトは不思議な音がしていました。
私は批評家ではありませんからこの場で批評を書くことはしませんが、とにかくモーツァルトがとても哲学的に聴こえ、「へえ、こんな演奏の仕方もあるのか」と感激。最後のブレンデルの演奏姿を聴けたと、後々語れるんだと思う反面、ちょっと悲しい気持ちにも。
それにしても彼はいつもとても謙虚。演奏前にオーケストラの団員にも礼をし、静かに椅子に座る姿は、まばゆいものでした。

演奏終了後、私と同じようにきっと感情一杯になった聴衆の拍手に応え、アンコールには、シューベルト/即興曲 変ト長調Op.90-3を演奏。バランスの良い音、明確なライン、構成、さすがです。休憩後のドヴォルザーク/交響曲8番は、English Symphonyとも呼ばれていて、英国ではとても人気のある曲なのですが、さすがマケラス。ものすごく説得力のある演奏に満足。ボヘミアンのリズムとハーモニーに酔いしれて・・。

さて、次回は、ロンドンのクリスマス情報をお知らせします。

*1) [Philharmonia orchestra]Alfred Brendel's final UK performance at The Anvil, Basingstoke

【2008.10.24入稿】