「驚きアンテナ」

大学時代、シェンカリアンという作曲分析法を勉強した。
イギリスでこの分析法を学べるのはロンドン大学とケンブリッジ大学のみという
貴重なこの講義を取っていたのは私を含め4人。

なんでも対位法の試験で上位だった者のみが取れるというこの講座、
他の3人はものすごい頭の切れる人ばかりで、
どう考えても何かの間違いで強制的にこのクラスに入れられた私。

講師はハイド氏。
ハイドとジキルのあの、ハイドかと思わず笑っていたのも束の間、
この講義の次から次へと出される課題に四苦八苦。

要点は、どんな大きな交響曲も、結局は簡単な和音のカデンツァになってしまう、
なんてはっきりいってとんでもないことをグラフを書いて分析証明していくのであるが、
普段フレーズやらサウンドやらそんなものをぐにゃぐにゃこねくり回してばかりいる
私のようなピアニストにとっては、斬新なアプローチだった。

ピアニスト、マレイ・ペライアもこの分析にはまっているらしい。

さて、私がこんな話しをするのは、このハイド氏の口癖の一つを紹介したいから。

「いつも驚きがある。たとえどんなに見慣れた物や場所にも必ず。
驚きアンテナをいつも張りなさい。」

なんか科学者みたいなことをいう人だなあと思ったものだが、
実は音楽家にとって、これは大事なことだったりする。

「19番プラットフォーム17時05分の電車、ドライバーがいない為、
キャンセルされました。」
なんてアナウンスを聞いて思わず耳を疑ったも、18歳の私。

今ではそんな事を聞けば大人しく他のイギリス人と同じように
渋々と次の列車を待つ。

いけない、これでは私の“驚きアンテナ”が歳を取った証拠だと焦ったのも束の間、
実は先週木曜日、とんでもないニュースを耳にする。

「ロイヤルメールは、今日の午後12時からストライキに入るため
事実上明日から来週水曜まで郵便はなくなります。
皆さん、郵便物は来週水曜まで投函しないように。」

「ええ!郵便が6日もない?」
これって国の緊急事態じゃあないの?と思ったのだが、国は何もせず。
相変わらずブラウン首相の総選挙取りやめで大騒ぎ。

「全く仕方ないなあ、ロイヤルメールもストライキか。」程の受け取りなのだから、
英国人の冷静さはすごい。

素顔のキーシン

最後に9月27日バービカンで行われたキーシン&ロンドン響のコンサート後、
レセプションにも招待を受けた私が目撃したものを紹介。

食事の列に並んでいるとMr.キーシンが私の後ろにたまたまお並びに。

筆者とキーシン
(クリックで実物大)

これはいいチャンスとばかりに先ほど聴かせて頂いたベートーヴェン協奏曲3番のお礼をと思っていたのも束の間、 食事係の女の人が、何とMr.キーシンへぶっきら棒に一言。

「ちょっと向こうの列に並んで!」

何も演奏してきたばかりできっとお腹ぺこぺこのキーシンに言うこともないだろうに、
と思っていたら当のキーシンは、
No problem
と嫌な顔一つせずにさっと反対の列に回る。
彼が主役のこのパーティーなのに、である。素直な人なのである。

コンチェルト後のキーシン
コンチェルト後のキーシン
(クリックで実物大に)

が、もう残りがあまりなかったと見え、彼のお皿には
がっかりするくらいちょっとしか盛られない。
そこは青年、すぐにお代わりに戻ってきたキーシン。
我先にと周りの女性がどんなに「お先にどうぞ」と勧めても
ガンとして聞かずあくまでも紳士。
36歳、顔はまだまだ男の子顔しているだけにちょっと驚く一面を見てしまった。

批評をすることは大嫌いなのでここで述べることは敢えて控えるが、
彼の完璧さ、ready to sellっていうくらいの綺麗にパッケージされた演奏は
どこから来ているのか、ちょっと教えてもらったような。
ちなみに、この夜もお母様、そして見かけちょっと怖い先生が常に彼と一緒に。
複雑な気持ちになるのは、私だけなのかもしれない。

来月も驚きロンドンニュース、お伝えします。(和香)
【2007.11.03入稿】