96. 「名曲のタイトルにふさわしく・・・グラン・デュオ・リサイタル」

12月12日の日曜日の午後,紀尾井ホール「グラン・デュオ 2010」*1) と題されたリサイタルが催された。[編集部注:左の画像をクリックするとチラシがご覧いただけます。]

「グラン・デュオ・リサイタル」(2010.12.12)チラシ言うまでもなく「グラン・デュオ」シューベルトの連弾作品の最高傑作にも数えられるソナタだが,この名曲のタイトルを冠したデュオは高澤ひろみ椎野伸 一の2人によって1996年に結成された。

ベテランだけあって,ステージ・マナーも堂に入っており,ステージに登場すると正面の席の聴衆だけではなく,左右のバルコニーに向かっても優雅におじぎをする様子は,聴き手とピアニストの心理的な距離を近付け,演奏の前から会場を温かい雰囲気で満たした。ステージ上のピアニストのこうした行動は,CDで音だけを聴く限りは聴き方に無関係かも知れないが,ライヴではそうではない。聴衆は,まさに「その場にいる」のだ。

そしてドビュッシー「牧神の午後への前奏曲」の最初の小節が,極めて表情豊かに,そして自然に弾き出された瞬間,この日のリサイタルが素晴らしい内容になることを確信させた。細部まで考え抜かれ,そして繊細なコントロールが良く利いた演奏は,原曲の色彩的,夢幻的な曲想を見事に再現していた。

続いてミヨー「夢」。洗練された作品だが演奏される機会は少ない。このデュオの演奏は,極端な誇張やけれん味とはまったく無縁で,「スケルツォ」「ワルツ」「ポルカ」の全3曲とも詩的な演奏であり,特に2曲目の「ワルツ」ロマンティックな歌い方が実に好ましく魅力的に思えた。

次はプーランク「シテール島への船出」「カプリッチョ」「シテール島」は遅めのテンポで弾かれ,その美しい響きには「大人の味」が感じられ,「カプリッチョ」ではタンゴの妖艶なリズムと歌い方が際立ち,作品全体を引き締めていた。

前半の最後はデュカス「魔法使いの弟子」だが,まさに魔法使いの悪戯か,ここで休憩のアナウンスが流れ(実はスタッフの勘違いとか),聴衆ばかりか,(多分)当のピアニストも驚かされた。その「魔法使いの弟子」テンポの変化の設定が巧妙で,最後の盛り上がりも極めて効果的であった。

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後半はシューベルトの連弾曲で始められた。「2つの性格的行進曲」と,シューベルトの死の年の傑作,「ロンド イ長調」。 リズミカルで輝かしい「性格的行進曲」も良かったが,この「ロンド」は特にユニークで見事な演奏であった。男女の連弾の場合,男性がプリモというのは珍しいが,そのためではなく,恐らく二人の個性が微妙に違い,そして各声部の強調の仕方が絶妙なためであろうが,実に立体的な響きの連弾であった。四手がそれぞれに紡ぎ出すメロディが,これほどまでにそれぞれの存在と個性を主張しつつも,全体としてまとまった響きの連弾演奏も珍しかった。

最後は再び2台ピアノに戻って,ラヴェル「ラ・ヴァルス」リズムの「ため」が心地好く,官能的なメロディが絢爛豪華な響きに包まれ,しゃれたワルツのリズムに乗って最後の「カタストロフィー」に向かって次第に高まって行く様子は,結末を知ってはいても,聴く度にいつもドキドキする。

アンコールは近代フランスの「ワルツ」が2曲,洒脱に演奏された後,時期にも合わせてレスピーギの「6つの小品」から「楽しいクリスマス」が披露された。

このリサイタルでは,第1ピアノをステージのやや下手側に寄せ,大屋根はどちらも全開にした2台のピアノを平行に配置していた。少なくとも私の席では2台のピアノのバランスもまったく申し分なかった。この日の実力派2人によるリサイタルは,極めて充実した,そしてまた楽しい内容のものであり,ピアノ・デュオを楽しもうという方にも,デュオを勉強している方にとっても,実り多いリサイタルであったと思う。

【参考情報】

*1)[新演奏家協会] 「グラン・デュオ・リサイタル」(2010.12.12)詳細情報へ

【2010年12月25日入稿】