92. 「ピアノデュオ ドゥオール リサイタル2010」

「ピアノデュオ ドゥオール(白水芳枝&藤井隆史)リサイタル2010」特設ページへピアノデュオ ドゥオール(白水芳枝&藤井隆史)のリサイタル*1)10月7日津田ホールで行われた。

1曲目はドビュッシー「牧神の午後への前奏曲」作曲者自身による2台ピアノ版。その冒頭の嬰ハ音が,十分な間を取った後に極めて慎重に弾き出され,その音がホールの空間に広がった時,チャールズ・ローゼン*2) がその著書「ピアノ・ノート」*3) で述べた「ピア二ストの身振りは演奏の一部」という卓見が真実であることを改めて思い知らされた。さて,このドビュッシー自身による「牧神の午後への前奏曲」の編曲は,実にストイックなもので,ラヴェルによる連弾版の方が音としては華麗に編曲されている。この夜も曲のはじめでラヴェル編にあるようなハープのアルペッジョが優美に加えられていた。この曲に限らず,当夜の演奏は細部にまで慎重な配慮が行き届いた演奏で,色彩的な音色と硬軟とり混ぜた多彩な響きによる「牧神の午後への前奏曲」が楽しめた。

続いてリスト「『ドン・ジョヴァンニ』の回想」。これもリスト自身による2台ピアノ版である。 曲の冒頭,遅いテンポで休符を挟んだ和音の強打は2台が合わせ難いものだが,全曲暗譜の余裕のためでもあろうか,まさに「息」が良く合っていた。ヴィルトゥオーゾ的作品だが,精密で卓越したテクニックによって,颯爽として,それでいて真に凄味のある演奏だった。音量やテンポの変化が考え抜かれており,騒々しい箇所は皆無で,「シャンパンの歌」から最後の盛り上がりは迫力も十分で華麗に弾き切った。その一方で甘美なデュエッ トの部分では名歌手の自在な歌い口も聴けた。

数あるデュオの中には,2台ピアノ作品で優れた演奏を披露しても,連弾になると,あまりパッとしない演奏になってしまう例もあるが,ドゥオールの二人は後半の連弾でも実に優れた演奏を披露していた。しかも曲目はブラームス「交響曲 第1番」作曲者自身による連弾版である。この重厚な大曲を, 最後まで集中力と緊張感を持続させて見事に弾いていた。単にオーケストラの真似をして弾くと,単調になってしまうのだが,細部まで入念に考え抜かれて工夫が凝らされた演奏であり,これはひとえに二人の長期に渡っての真摯な研鑽と努力の賜物であろう。実に「ピアノ的」な演奏であったし,二人の優れた演奏によってまた,ブラームスの編曲の素晴らしさも一層,際立っていた。

当夜のプログラムは3曲とも聴衆にも集中力と緊張感を要求される内容であったが,アンコールでは一転してピアノ・デュオの楽しさが前面に押し出された。まずブラームス「ハンガリー舞曲 第1番」。アンコールといっても気楽で雑な演奏ではなく,この高性能デュオのあらゆる能力を誇示するかのような演奏は,聴衆の盛んな喝采を浴びていた。当夜の最後はショパン「幻想即興曲」2台ピアノ用編曲。今年はショパン・イヤーでもあり,聴衆もこの珍しい編曲を大いに楽しんだことは言うまでもない。ステージ上での二人の飾り気のないトークは,聴衆にとって親しみを増すだけでなく,二人のデュオヘの真情が溢れたもので,こうしたトークによって二人の,そしてデュオのファンも更に増えるであろう。

当夜のリサイタルはピアノ・デュオの素晴らしさと芸術性を聴衆に強く印象付けただけでなく,交響曲の連弾版がプログラムに組み込まれ,また珍しい編曲作品も披露されてデュオのレパートリーが拡大されたという点からも,実に意義深いリサイタルであった。これほどまでに高度に練り上げた演奏を繰り広げた二人の弛み無い努力を大いに賛えるとともに,こうした努力が,より多くの人々から正当に評価されることを切に望みたい。

【参考情報】
*1) [連弾ネット] 「ピアノデュオ ドゥオール(白水芳枝&藤井隆史)リサイタル2010」特設ページ
*2) [Wikipedia] Charles Rosen
*3) [みすず書房] 「ピアノ・ノート  演奏家と聴き手のために PIANO NOTES: The World of the Pianist

【2010年10月16日入稿】