77. 「ドビュッシーの新しいピアノ・デュオ・レパ−トリー その1」

2月14日の日曜日,原宿のアコスタディオで2年ぶりの連弾ネット主催の「連弾パーティー」*1))が開催された。やはり連弾ネットの活動が徐々に世に浸透しているためであろうが,今回は特にサイトを見て参加された会員外の方が増えた事が,頼もしく,また嬉しく感じられた。

当日は,エントリー・デュオやゲスト演奏を含めて,さまざまな作品が演奏されたが,その中にドビュッシーの「夜想曲」から「雲」と「祭り」があった。この作品,ラヴェルによる2台ピアノ版は既にCDも多いのだが,サマズイユによる連弾版を聴くのは初めてであった。

実際,ドビュッシーには「小組曲」「6つの古代のエピグラフ」「白と黒で」といったオリジナル・デュオ作品の傑作以外にも多くの作品がピアノ・デュオ用に編曲されている。「牧神の午後への前奏曲」「海」のような代表的な管弦楽曲から,「ヴァイオリン・ソナタ」「チェロ・ソナタ」のような室内楽曲,そして「グラナダの夕べ」「月の光」といった有名なピアノ独奏曲までもが連弾用の,あるいは2台ピアノ用の,曲によっては両方の演奏形態の版がある。

こうしたドビュッシーの作品のピアノ・デュオ用への「編曲熱」は,21世紀の今でも続いていると見え,バレエ音楽「遊戯 Jeux2台ピアノ版デュラン社から出版(コピーライト表示は2007年。編曲はジャン=エフラム・パヴゼによる)*2)されている。楽譜の序文によると,ドビュッシー自身によって2台ピアノ版が完成されたが,その楽譜は未発見とのこと。

原曲は例のディギレフによって委嘱され,1913年に完成,同年の5月にパリでニジンスキーの振付けピエール・モントゥの指揮で初演された。そう,この年,この組合わせはまさしく「春の祭典」と同じである。

「遊戯」の初演は「春の祭典」よりも2週間ほど早いのだが,ともかく当時のパリでのロシア・バレエ団の華々しい活躍と周囲のすさまじいまでの熱気が感じられる。しかし,この「遊戯」の初演は,その直後の衝撃的な「春の祭典」の初演騒動で,当時からすっかり影の薄い存在になってしまったという。

1幕で演奏時間約20分,登場人物3名,転がるテニスボールが重要な役割を果たすというこのバレエを見たことはないが,原曲の音楽だけを聴くと「海」をさらに流動的にし,また精妙にした感がある。

クリックでCDジャケットがご覧いただけます。そして昨年の秋にはタイミング良くこの編曲のCD (ドビュッシー&ラヴェル:2台のピアノのための作品集 UCCD-1248)*4) が登場した。演奏はアシュケナージ父子である。アシュケナージ(無論,父のほう)といえば,これまでにもプレヴィンやフレージャー,ガヴリーロフと組んだデュオの録音があったと記憶するが,今回のパートナーのヴォフカは長男とのこと。「遊戯」のほか,「白と黒で」「リンダラハ」「鐘が鳴る中で」「スペイン狂詩曲」「ラ・ヴァルス」といったドビュッシーとラヴェルによる代表的な2台ピアノ作品が収録されている。

録音のせいか,それとも深く克明なタッチのせいか分からないが,非常に色彩感豊かで,確固とした足取りの力強いリズムの演奏からは濃い色調の油絵風の印象を受ける。「遊戯」は,かつては曲想が曖昧模糊で漠然としているとの偏見から正当な評価を受けられなかったそうだが,確かに2P版の楽譜を一見すると p や pp の指示が多く,f が登場するのは全70ページの楽譜の7ページ目で,次の f の登場は13ぺ一ジ目まで待たなければならない。

この事は,なにも楽曲の真価とその音量の関係がどうこう言うつもりはなく,曲想を想像する一端になればと思って書いただけだが。

この「遊戯」は両奏者とも技術的にも,そして両者の合奏も難しいがアシュケナージ父子は16分台で弾いている。全曲のまとめ方も考えると,決して「気軽に楽しめる」として薦められる作品ではないが,まずはドビュッシー晩年の傑作がピアノ・デュオのレパートリーに加わった事を喜びたい。

【参考情報】
*1) [公式サイト]「連弾ヴァレンタインパーティー2010」
*2) [DSE-Editons Musicales] "Debussy, Claude/Bavouzet, Jean-Efflam: Jeux"
*3) [Amazon.co.jp] 「ドビュッシー&ラヴェル:2台ピアノのための作品集」のページへ

【2010年2月20日入稿】