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ゴールドストーン&クレモウ(Anthony Goldstone & Caroline Clemmow)*1) は，デュオ結成から今年が25年目という経験を誇るイギリスの夫婦デュオだが，デヴァイン・アート(Divine art)社*2)から次々に発売される，珍しいデュオ作品を収めた多数のCDには本当に感心させられる。 2曲の交響曲，ドヴォルジャークの「新世界」*)とメンデルスゾーンの「スコットランド」の，ともに作曲者自身による連弾用編曲を入れたCD (divine art 25028) *3)を聴くと，例えば「新世界」の第2楽章のあの有名な旋律では，バランスの良さとともに音量の変化の上手さが際立ち，14小節目のデクレッシェンドと次の小節のppは特に見事。終りの部分でこの旋律が回帰する所では楽譜の指示通り espr. で表情豊かにしみじみと弾いている。 そして世界初録音の「スコットランド」も優れた演奏で，これを聴くとこの交響曲が連弾でも非常に効果的で，しかも第1楽章は技術的にそれほど難しくなく，交響曲の連弾演奏の入門編として適していると思う。第2楽章は P，S ともに，いかにもメンデルスゾーン風の軽快な連打音が大変だが，第3楽章のアダージョは P，S ともに旋律を弾く機会に恵まれ，楽しんで弾ける。メンデルスゾーンは今年が生誕200年に当たり，その意味からも，もっと弾かれて良い作品である。 演奏だけでなく，ゴールドストーンによる，深い経験と広い知識，そして演奏家としての鋭い直感に基づく解説文も実に読み応えがある。「新世界」の第1楽章の第2主題(149小節以降)が，黒人霊歌「しずかに揺れよ，懐かしのチャリオット」に似ている事は，既に様々な文中で度々指摘されているが，ゴールドストーンが書くと，より強い説得力がある。 この黒人霊歌は私も大好きで，バーバラ・ヘンドリックスとドミートリ・アレクセイエフによる東芝EMI盤*4)のCDは，私の愛聴盤でもある。アレクセイエフの澄んだピアノの響きがなんともオシャレだ。 黒人霊歌と言えば，ジェシー・ノーマンの歌う「ものみな主の御手(みて)に」*5)は格別のもので，心を堅く覆った殻を通り抜け，ダイレクトに心の奥底に届く特殊な暗号のようだ。「森も水も，太陽も月も，野山のけものも，この世のすべては主の御手のうちに〜」と静かに歌っていき，最後にあの巨体から発する力強い声で「あなたも私も主の御手のうち」と歌い切って，聴く人の存在を全面的に許し，限りない安息と癒しを与える。宗教や人種の壁を越えて，ノーマンの「芸」には感服するほかはない。 かなり前の話だが，東京文化会館大ホールのリサイタルのアンコールの後，毛皮のコートの中年の女性や，髪の薄い中年男性が，人気タレントに群らがる若者たちのように，ステージに殺到したのにも納得がいく。 話がだいぶ逸れてしまった。「スコットランド」の解説に書いてあるのだが，グリーグのピアノ協奏曲の準備中，ゴールドストーンが妻のクレモウに「グリーグは『スコットランド交響曲』を聴いたことがあるのでは。」と話すくだりが面白い。 そしてゴールドストーンが実際に調べてみると，グリーグがピアノ協奏曲を書き始める2か月前の1868年4月に，クリスチャニア(現オスロ)でグリーグ自身がこの交響曲を指揮したことが分かったとある。
一般的に演奏家は日々のコンサートや練習に忙しく，特にデュオの練習には余計に時間が掛かるだろうが，それにもかかわらず，この解説文に見られるゴールドストーンの探求心には脱帽させられる。 このCD，これら2曲の交響曲でなくても，これから交響曲の連弾版を弾こうとする方には，必聴・必読の1枚である。 で，なぜゴールドストーンがグリーグのピアノ協奏曲を練習していたかという事に関しては次回に続く。この二人の偉業は，限られた紙数では，とても語り尽くせない。 *) ドヴォルジャークの「新世界」は、「楽譜ダウンロードサービス」から無料でダウンロードできます。
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