|
||||||||||
ラフマニノフの2つの「組曲」は,言うまでもなく古今の2台のピアノのための作品中,屈指の傑作であり,演奏会で弾かれる機会も,名演奏の録音も多い。 まず,ベレゾフスキーとエンゲラーによるもの(MIRARE MIR070)*1)で,私は聴き損なってしまったが,この二人は昨年のラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン*2)でも共演している。 ベレゾフスキーは私の好きなピアニストの一人で,ラフマニノフの「第3番」のコンチェルトの録音は,目覚ましく,それでいて誇張のない名技性を駆使し,極めて自然な抒情に満ちて美しく歌い上げられており,特にその第1楽章に限れば,この難曲の最も理想的な演奏だと思っている。 実演でも2004年12月の,ショパンの「エチュード」とゴドフスキの「エチュード」を交互に弾いたリサイタルは素晴らしかった。ゴドフスキの難曲を精密機械のように弾くのではなく,いかにも人間的な魅力に溢れたヴィルトゥオーゾがスケール豊かに弾いている雰囲気であった。エンゲラーは実演に接した事はないが,オレグ・マイセンベルクと組んで2枚組のラフマニノフのデュオ全集を録音*3)している。 さて、今回のエンゲラーとベレゾフスキーによるラフマニノフの「組曲」の演奏は予想通り,二人のヴィルトゥオーゾ・ピアニストによるデュオである。「復活祭」「行進曲」「タランテッラ」での重量感に満ちた轟然と響く和音や強烈なアクセントは迫力満点で,さすがに合わせるのも上手く,互いに相手の変化に即応して濃密な抒情を漂わせて弾かれた「舟歌」や「ロマンス」も捨て難い。 「ワルツ」での遅目のテンポ(といってもブージー&ホークス版やインターナショナル版では,1小節が1分間に84の指定で,それほど速くはないのだが)で始まり,徐々にテンポを上げる弾き方は中間部も同じで,遅いテンポで情緒纏綿とした風情で始まり,長大なスパンで次第に次第にと,本当に少しずつ激していく盛り上げ方には,実に雄大な印象を受ける。 しかし「涙」のはじめでは完全にずれて弾かれた音もあり,ライヴでもないのに,なぜ録り直さなかったのかと,些細な傷に過ぎないが残念に思う。 そしてこの盤で特に注目すべきは,ラフマニノフ編曲によるチャイコフスキーの「眠りの森の美女」の組曲で,その細やかで魅力的な表情付けは,管弦楽曲の編曲をピアノ(デュオ)で弾く意味を納得させる演奏である。 オマケとして録音風景の一部を収録したDVDも付いているので,二人の演奏の様子がより良く分かる。無論,このようなアプローチ以外の弾き方もあろうが,この曲に限らず,管弦楽曲のデュオ用編曲を弾こうとする方には,ぜひとも聴いていただきたい盤である。 ************************************** さて,もう1枚のラフマニノフの「組曲」のCDは,中井恒仁&武田美和子によるもの(Pro Arte Musicae PANP-1034)*4)。 こちらは二人のヴィルトゥオーゾ・ピアニストによる演奏ではなく,言うなればヴィルトゥオーゾ・デュオ・ピアニストによる演奏であり,デュオとしての完成度が極めて高い,実にスマートな,そして優れた演奏である。 「ワルツ」の速さも相当なものにもかかわらず見事なアンサンブルを聞かせ,中間部の盛り上げ方も緻密に計算され,264小節目の頂点に向かって軌道を外れることなく慕進して行く。合わせる事の難しいこの作品を速いテンポで弾く事は,かなり「危険」でもあるのだ。 もう20年近く前に,FM放送からエア・チェックしたアルヘリッチとアレクシス・ゴロヴィンによるライヴのテープを聴くと,ほころびの目立つ箇所が多々ある。 ともすれば一本調子になりやすい「タランテッラ」での93小節目での間の取り方などは,デュオとしての深い経験を感じさせる。 他に世界初録音となるロドリゲスの「バッハナーレ」と,ストラヴィンスキーの「タンゴ」,ベンジャミンの「ジャマイカン・ルンバ」,ラフマニノフの「イタリアン・ポルカ」,そしてチャイコフスキーの「眠りの森の美女」の「ワルツ」を収録しており,学習用としての価値が高いだけでなく,観賞用としても十分に楽しめる内容となっている。
|
||||||||||