34.「ちょっと異色の2点のデュオCD」

最近,来日しなくなってしまったラベック姉妹だが,自主レーベル"KML Recordings"*1)から
CDを出し続けている二人の現時点での・・・といっても発売は昨年末だったが,
最新録音が「カティア&マリエル・ラベック〜シューベルトとモーツァルト KLM 1117」*2)というCD。

内容はシューベルトの「幻想曲へ短調」「アンダンティーノ変奏曲」,
そしてモーツァルトの「2台のピアノのためのソナタ K.448」

紙ジャケットの写真はすべてモノクローム,ディスク自体も黒を基調とし,
紙ジャケの中身もシックな黒と銀鼠で,「父の思い出に捧げる」と書いてある。

ラベック姉妹といえば,ラグタイムやガーシュウィンの作品で華麗な演奏を繰り広げていた印象が
今でも強いが,このディスクのようなオーソドックスなレパートリーでも極めて見事な演奏である。

「幻想曲へ短調」は澄んだ響きで,研ぎ澄まされた隙のない演奏。
細部の表情の変化も繊細で,この二人の実力には改めて感心させられる。

デリケートな弱音から強烈な ff まで,広大な音量の変化は常に的確にコントロールされ,
それがフガート部分でのクライマックスまでの盛り上げ方を,緊張感と迫力に満ちたものにしている。

544小節で P の単音の音階が,へ短調の主和音を突き抜けて文字通り ff で上昇を開始するのは,
どんな鉄腕ならぬ「鉄指」の持主かと驚かされる。

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「アンダンティーノ変奏曲」…この底知れぬほどの憂いの深さと,限りなく優しい癒しを併せ持つ傑作も
サラリとした優れた演奏だが,モーツァルトの「ソナタ」でのリズムは実に意外に感じた。

第1楽章の融通無碍のリズムは,これはこれで実演で聴いたら面白い演奏だと思うが,
第2楽章の途中から「アレッ!」(小声)という箇所が現れ始め,
第3楽章ではこれが「エエッ?」(もはや小声ではない)に変わる。

従来,4個の16分音符が並んでいた箇所が,
原典版では譜例のように長前打音を交えて書いてある箇所もあり,
ラベック姉妹はこの通りに演奏している(第2楽章では無視している箇所もあるが)のである。

譜例:モーツァルト:2台のピアノのためのソナタ K.488?第3楽章の冒頭
モーツァルト:2台のピアノのためのソナタ K.448 第3楽章の冒頭
※クリックで拡大

今までの装飾音に関する常識的な知識では,
このような箇所は4個の16分音符として弾くはず,
と思うのだが。

このリズムは超有名曲「トルコ行進曲」とまったく同じで,
実はこちらも原典版には同様に記譜されている。

「K.448」も有名作品だが,録音の数では「トルコ行進曲」に及ばないであろう。

そこで,「トルコ行進曲」の冒頭を原典版に記譜されたように,
つまり「タカタカタン」ではなく,「ティラータタタン」と弾く例はあるのだろうか?

それがたとえ従来の常識とは隔たっても,最新の研究の成果を踏まえて
様式的に正しいと信じる演奏をするとしたら,まずはバドゥラ=スコダあたりかと,
文化会館音楽資料室*3)で録音を捜してみたところ,残念な事に新しい録音はなかったが,
聴き慣れた4個の16分音符として弾いていた。

ピアノ界の「異端児」とされたグールドも遅いテンポでスタッカートを付けていたが,
これも4個の16分音符だった。

しかしモーツァルト自身が単に4個の16分音符の一連ではなく,
装飾音を使って書き分けている箇所もあるのは事実
なので,
ラベック姉妹のような演奏も成り立つのであろうか。

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さて発売は2年ほど前だが,別の異色CDはキーシンとレヴァインによるカーネギー・ホールでの
ライブ演奏の「軍隊行進曲〜シューベルト:4手のためのピアノ作品集 BVCC-38352〜53」*4)の2枚組。

内容は「幻想曲 へ短調」「人生の嵐」「グラン・デュオ」の大曲3曲と,
アンコールの「性格的な行進曲」と「軍隊行進曲」のそれぞれ第1番。

異色なのは全曲が2台のピアノで演奏されており,
その意味では実に賢明で効果的な選曲である。
PとSの衝突が問題になる「幻想曲」も2台のピアノでは伸び伸びと弾ける。

どれも随所で音色やテンポを繊細に変化させるというタイプの演奏ではないが,
旋律をたっぷりと歌い,スケール豊かで堂々とした演奏で,
2台のピアノの響きも美しく多彩でバランスも良い。

当たり前だが.この熟達した二人の能力は驚異的で,
互いに相手の変化を敏感に察知し,
まったく破綻を見せずに対応して合わせて行く。

もともと「人生の嵐」「グラン・デュオ」は,シューベルトの連弾作品には珍しく名技性に富み,
オーケストラ的
でもあるが,二人の演奏ではその側面が強調され,
まさに「胸のすくような」素晴らしいスピード感の演奏である。

「グラン・デュオ」シューマンによって交響曲の編曲と信じてられていたのをはじめ,
ヨーゼフ・ヨアヒムによって管弦楽化されたが,
Andante の第2楽章でさえもまったく連弾的な演奏ではなく,
交響曲の緩徐楽章の編曲を聴いている気分にさせられる。

しかし,こうした演奏が可能なのも,それだけシューベルトの連弾曲が
もともと豊かな多様性を備えているため
であろう。

【参考情報】
*1) [サイト]KML RECORDINGS
*2) [KML RECORDINGS]SCHUBERT/MOZART KML1117
*3) [サイト]東京文化会館音楽資料室
*4) [amazon.jp]軍隊行進曲〜シューベルト:4手のためのピアノ作品集

【2008年5月9日入稿】

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