30.「イギリスのピアノ・デュオ作品 補遺」

前回まで「日英デュオ」にリストアップされた作品を中心に,イギリスのピアノ・デュオ作品をご紹介してきたが,
そこでは漏れてしまった作品について,特に2曲の子供のための連弾作品について触れておきたい。

まずスコットランド出身の女性作曲家,シア・マズグレイヴ(Thea Musgrave 1928〜) *1)による
1965年に作曲された全8曲「遠足 Excursions:Chester Music社刊」*2)

これは先生と生徒のための作品で,1〜4曲目まではSがやさしく,
5〜8曲目は逆にPがやさしく書かれており,
演奏時間は各曲とも1分ほどの小品集。

「先生」のパートもそれほど難しくはなく,無論,生徒同士の演奏も可能。

アメリカの作曲家,バーバーの同名の作品にならって邦訳は「遠足」としたが,
それぞれの曲のタイトルは徒歩ではなく車でのドライブなので「小旅行」の方が適訳かも知れない。

各曲のタイトルは「高地地方のドライブ」「乱暴ドライバー」「初心者ドライバー」「酔っ払いドライバー」
「日曜ドライバー」「路傍で修理中」「自動車道路の霧」「後部座席の口喧し屋」
だが,
これらのタイトルはドビュッシーの「前奏曲集」同様,曲の最後にそっと書き添えてある。

子供のための作品ながら,否,だからこそかも知れないが,弾く前からタイトルによる
イメージを押し付けるのを避けたのであろうし,この作品はタイトルによるイメージの助力に頼って
やっと成り立っている種類の音楽ではない。

しかし決して難解な作品でもなく,全曲はとても新鮮な感じで豊かな音楽的イメージに満ち,
そして親しみやすい。「高地地方のドライブ」の旋律はとても伸びやかだし,
「酔っ払いドライバー」の最後は,Sの手の平によるクラスターの轟音で終わり,
大事故の模様がユーモラスだ。飲酒運転は昨今の日本では笑い事どころではなく大問題であるが。

「自動車道路の霧」では,SもPも音を出さないように鍵盤を沈めるハーモニックス奏方が使われている。
ユニークな子供のための連弾曲であり,もっと広く知られてほしい作品である。

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

もう1曲,この場で採り上げたいのは,デュオ愛好家なら良くご存じの
リチャード・ロドニー・ベネット(Richard Rodney Bennett 1936〜)*3)の作品である。

2台のピアノのための「4つの小品組曲」は,その美しい響きとポピュラー音楽風の楽しい曲想で,
今やすっかり人気作品だが,20世紀以降の作曲家の作風は概してとても多様で,
「4つの小品組曲」と同様な作品を期待して「カプリッチョ」「カンディンスキー変奏曲」の楽譜を買った方は,
あまりの作風の違いにきっと当惑したであろう。

ベネットは1979年からニューヨークに移ったそうだが,ニューヨークで飼っている猫のための連弾作品が,
1986年に作曲された「スキップとセイディのための組曲 "Suite for Skip and Sadie: Novello社刊」*3)である。

作品が生まれた場所はアメリカだが,一応「作曲家の国籍」(多分,アメリカ国籍は取っていないと思う)に基づいて書いており,
この種の問題はなかなか難しいが,現実的にはどこかで割り切るほかはない。

この組曲は「おはよう」「セイディのワルツ」「スキップのダンス」「おやすみ」の4曲からなり,
演奏時間は計8分ほど。

「おはよう」の冒頭のジャズ風な明るい和音,それに続く行進曲の軽快なリズムと明快な旋律を聴けば,
この組曲が「4つの小品組曲」の曲想に近いことはすぐに感じられる。

オシャレで楽しい連弾作品をお捜しの方,それに猫好きの方にはお薦めの作品である。

なお,少し古いが1990年発売のCD "My Keyboard Friends: Delos DE6002"*4)には
ベネット自身による落ち着いた艶のある声でナレーションが入っている。
無論,演奏もベネット自身で,連弾作品では長年,デュオを組んでいるキャロル・ローゼンバーガーが相手をしている。

このCDには日本語解説もあり,それには「セイディ(Sadie)」は「サディ」と表記してあるが,
ナレーションでは「セイディ」と聞こえる。
こうした固有名詞の日本語表記もなかなか難しい問題である。

とにかく,来年の「猫の日(2月22日)」に弾くのはこの作品で決まり?!

【参考情報】
*1) [サイト]シア・マズグレイヴ
*2) [出版社]「遠足 Excursions Chester Music社刊」
*3) [出版社]Suite for Skip and Sadie Novello社刊」
*4) [CD]"My Keyboard Friends DE6002"

【2008年3月9日入稿】

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