23.「中井恒仁&武田美和子ピアノデュオリサイタル」 |
11月19日夜,東京文化会館小ホールで
中井恒仁と武田美和子のデュオリサイタル*1)が行われた。
プログラムはデュオの定番曲だけでなく,
本邦初演を含めたかなり珍しい作品も取 り入れたもの。
手始めは大バッハの末子で「ロンドンのバッハ」とも呼ばれた
クリスティアン・バッハ*2)による連弾のための「デュエット(ソナタ)」の中でも,
特に魅力的な第1楽章を持つ「作品18-5」が,
抑制を利かせながらも良く歌ってさわやかに弾かれた。
以下は2台ピアノ作品で,まずチェコ生れのドイツのコンポーザー・ピアニスト,
モシェレス*3)
の「ヘンデルヘのオマージュ」。
モシェレスの名は,今日では練習曲の作曲家として知られる程度だが,
ウィーン,ロンドン,ライプツィヒなどで
ヴィルトゥオーゾ・ピアニストや教師としても活躍した人。
チェルニーに献呈された「ヘンデルヘのオマージュ」は,
バロック風の荘重な序奏に明朗で祝祭的な部分が続き,
サブタイトルの「グラン・デュオ (大二重奏曲)」がふさわしい華麗な作品。
序奏でのバスの「厚み」が所々で異なり,
無造作に弾くと「ムラ」になりやすいにもかかわらず,
二人の演奏は実にきれいに響き,耳の良さを感じさせる。
しなやかで正確なリズム,幅広く良くコントロールされた音量,
適度なバランス,優れたテクニックは,
かなりの難曲であるこの作品を易々と弾き切っていた。
なおこの作品,弾いてみたい場合は
ロチェスター大学の図書館*4)からシュタイングレーバー版が入手可能。
続くデュカス の「魔法使いの弟子」*5)は、言うまでもなくデュカスの
代表的な管弦楽曲の作曲者自身による編曲。
先に挙げた二人の特質は,この作品に管弦楽とは異なる
ピアノ的な色彩感を与えると同時に,
デュカスの極めて効果的な編曲書法も強く印象付けた。
デュオの定番曲でも あるラヴェルの「ラ・ヴァルス」は,
かなり速いテンポでの健康的な演奏。
デカダンな世紀末の雰囲気ではなく,まさにラヴェルの書いた文章通り,
「シャンデリアの光はフォルティッシモで響き渡る」演奏。
休憩後は,1946年テキサス生れの作曲家で,アメリカで学んだ後,
パリでナディア・ブーランジェにも師事した経歴を持つ
ロドリゲスの「バッハナーレ」*6)の日本初演。
バッハの作品が下敷きになっており,
酒神パッカスの放埓な祭り「バッカナール」と「バッハ」をかけたタイトル通り,
いわゆる「現代音楽」の難解さとは無縁の楽しい作品。
楽譜を見たこともなく,一度聴いただけの印象だが,
ピアノの多彩な響きを美しく引き出すのに長けた作曲家のようだ。
最後はラフマニノフの「組曲第2番」。
デュオ作品中でも屈指の傑作だけに,既に数々の名盤・名演奏も多いが,
それらに劣らない優れた演奏であった。
「ワルツ」の中間部や「ロマンス」でも,決して感傷的には陥らずに,
すがすがしい演奏だが,常に細部にまでも注意が行き届いている。
終曲の「タランテッラ」の豪快な熱演は,この冬一番の寒さとなった
東京の外気とは全く対照的であったが,
アクロバティックな民族舞踊を連想させる,
高音部譜表1段の箇所(の2度目の出現部分)では,
個人的な好みとしてはPPでもっと沈潜していてくれたらと思った。
しかし, あくまで正統的で堂々とした演奏を目指す(ように感じられる)二人にとっては,
「あざとい」のかも知れない。
たっぷりとしたメイン・ディッシュを堪能した後には,
香り高いエスプレッソ・コーヒーのような味わいの,
グラナドスの「ゴイェスカス」から「嘆き, またはマハとナイチンゲール」。
そしておシャレな遊び心に溢れたスィーツのような,
プーランクの「シテール島への船出」。
盛り沢山なプログラムの熱演の後だけに,さすがに少々お疲れのご様子であったが,
私を含めた聴衆にとって,まるで「ピアノ・デュオによる世界一周」
(それも設備の整ったジャンボ・ジェットに乗って)の感のある
当夜のリサイタルは大変楽しいものであった。
【参考情報】 |
*1) [チラシ]「中井恒仁&武田美和子 ピアノデュオリサイタル」 |
*2) [Wikipedia]ヨハン・クリスチャン・バッハ |
*3) [Wikipedia]イグナーツ・モシュレス |
*4) [サイト]ロチェスター大学図書館 |
*5) [Wikipedia]デュカス/魔法使いの弟子 |
*6) [サイト]Robert Xavier Rodriguez: Bachnale(1999) ※オーケストラのための小協奏曲「バッハナーレ」全5曲から1,4,5楽章を2台ピアノ用に作曲者自身が編曲したもの。 (Program Noteより) |