5.モーツァルト・イヤーとピアノ・デュオ(その3)

「のだめ効果」でモーツァルトの「2台のピアノのためのソナタ K.448」
注目されている。

コンサートでの演奏頻度は確実に増え,
楽譜も売れ行きが伸びているそうだ。

きっかけはどうであれ,一人でも多くの人がこのソナタを弾いて
ピアノ・デュオの楽しさ,素晴らしさを実感できれば,
デュオ愛好者の仲間が増えて喜ばしい。

しかしこのソナタ,技術的にも決して易しくはないばかりか合わせも難しく,
例えば第1楽章の56小節以降の,2台のピアノが交互に和音を弾く箇所は,
両者のタイミングが少しでも狂うと,いかにも珍妙なリズムの「お笑い」になってしまい,
「ぎゃぼー」と叫ばずにはいられない。
なんとCDにさえもこうした録音があるのだ。


さて,私も含めて多くの人は1曲につき1冊の楽譜を持っていれば,
特に研究したい曲以外は複数の楽譜を買って見比べることはしないであろう。

それで気づくのがすっかり遅れてしまったのだが,
ヘンレ社から「2台のピアノのための作品集 Werke für zwei Klaviere」*1)
(コピーライト表示は1992年。91年の没後200年と関係があったのかな?)が
出版されている。

この楽譜には例の「ソナタ K.448」の他,
「ラルゲットとアレグロ」「アダージョとフーガ」が収録され,
運指はあのグロートホイゼンによるもので,
それだけでも一見の価値があると思う。

この「ラルゲットとアレグロ」
未完の自筆譜が1960年代のはじめに発見された作品。
優美で夢見るような「ラルゲット」の部分はモーツァルトによって完成されていたが,
快活な「アレグロ」は提示部のみが残されたので,
完全な作品として演奏するためには誰かが後を続けて,
完結させる必要がある。

再現部は提示部を参考に作るとしても,
展開部は全く新たに作曲しなければならない。
この作品,未完故か知名度こそ低いものの,
あまり難しくない上に,優美さや愉悦感,そこはかとない感傷といった
モーツァルト作品の持つ特徴を十分に備えた,
とても魅力的な作品なのである。

未完の自筆譜に直接,補完の音符を書き込んだ
マクシミリアン・シュタードラーによるものが
全音=べーレンライター版「2台のピアノのための作品集」*2)に載っているが,
この補完があまりにも簡素だったので,
1966年にはバドゥラ=スコダによる補完シャーマー社*3)から出版された。

この実に楽しい補完に私はすっかり満足していたのだが,
いつの間にか同社のカタログから消えてしまった。

その代わりではなかろうが,
このヘンレ版の曲集には「レクイエム」の補完で知られる
フランツ・バイヤー(Franz Beyer)による補完が収録*4)されている。

また前回のこの欄で「ソナタ ト長調」の補完でご紹介したレヴィンによるものも,
ペータース社*5)からこの作品だけ単独で刊行されている
(LARGHETTO UND ALLEGRO*5) これもコピーライト表示は1992年)。

バイヤーやレヴィンによる補完は,
バドゥラ=スコダによるものに決して勝るとも劣らない,凝ったそして優れた内容で,
二人の補完の特徴をあえて一言で述べれば,
それぞれ「幻想的」と「劇的」であろうか。

この「ラルゲットとアレグロ」,どの補完にせよ
「モーツァルトの2台作品を弾いてみたいけど,ソナタはちょっと難しそうで…」という際に
強くお薦めしたい作品である。

そしてシュタードラーによる補完も,そのシンプルさ故に
「技術的には最も易しい」という利点を持っている。


【2007年4月3日入稿】

【参考情報】
*1) G. Henle Verlag *2)全音=べーレンライター版「2台のピアノのための作品集」
*3) G. Schirmer Inc.
*4) [参考CD]タール&グロートホイゼン/
           モーツァルト:2人のピアニストのための作品集 Vol.2 [ソニーミュージックエンタテインメント]

*5) Editon Peters: Mozart/Larghetto & Allegro in E flat

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