4.モーツァルト・イヤーとピアノ・デュオ(その2)

多分,このウィーン原典版*1)の最大の特徴は
「ソナタ ト長調 K.357」の補完であろう。

ご存じのように,この2楽章のソナタは未完に終り,
これまで多くの版ではユリウス・アンドレによる補完を採用していた。

アンドレの補完の弱点のひとつは,補完した部分の音域が,
モーツァルトが使用した楽器の音域
(高い方は3点へ音。中央のドから2オクターヴ上+4度)を越え,
かなり上まで伸ばされている点であり,
第1楽章の198小節のPでは4点ホ音にまで及んでいる。

それに対してウィーン原典版*1)の補完は
アメリカのピアニスト・音楽学者のロバート・レヴィン(Robert Levin)によるもの。

この版による演奏はタールとグロートホイゼンによる
「モーツァルト 2人のピアニストのための作品集 vol.3 SICC472」*2)

のCD(この3枚の素晴らしいCDについては後に触れるつもり)で聴ける。

モーツァルトの作曲様式の細部に関して暗い私には直観的な感想しか言えないが,
確かに見事な補完である。
特に第2楽章では,モーツァルトの中断の後,
アンドレの補完はわずか32小節であっさりと終るのに対し,
レヴィンのは99小節とずっと拡大され,この作品の特徴であるPとSとの対話を 繰り広げる。

しかし,聴き比べてみると今までの「慣れ」のせいか,
アンドレによるシンプルで抑制的な補完もまた魅力的に感じる。

どちらにしても,このソナタが未完という理由で遠ざけられているとしたら,
極めて残念なことである。

本当に素敵な作品なのだから。

そうそう,「慣れ」と言えば,補完を施しただけでなく,
もともと2つの楽章をまとめて「ソナタ ト長調」としたのもアンドレだったのだが,
後に2つの楽章は作曲時期も3年ほど違い,
2つの楽章をまとめて「ソナタ」とするには無理があることが分かってきた。

このウィーン原典版では「アレグロとアンダンテ(ソナタ)」と
ソナタが括弧に入れられている。
本来は誤った「ソナタ」という名称が改められるには,
まだしばらくの時間が必要だろう。

(この項,まだ続くのでどうかご辛抱を。
次回は2台ピアノ作品の楽譜の予定)

【2007年3月20日入稿】
【参考情報】
*1)Wiener Urtext Edition
*2)[CD] タール&グロートホイゼン/
「モーツァルト:2人のピアニストのための作品集 vol.3 SICC472」


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