1.玉手箱を開けた時
つまり私にとってピアノ・デュオを意識したきっかけは,
シャブリエの「3つのロマンティックなワルツ」*1) を聴いた時に始まる。

CBSソニーのLPレコードで, カサドシュ夫妻*1)の演奏である。
最初のワルツで,合わせが難しい序奏の後,18小節目から登場する主題を
ルバートたっぷりに弾くのが特徴的な演奏。
あまりにも何度も聴いたため,そして当時は何種類も録音がなかったため,
私の中にこの演奏が「決定版」として刷り込まれてしまったようで,
今でもルバートなしの演奏は物足りなく感じてしまう。

それにしてもこの作品はなんと豊饒な魅力に満ちていることか。
そう,すべてに豊饒であり,決して過剰ではない。
まるでとても話題が豊富で話術が巧みで,声も美しく,態度はあくまで優しく,
物腰は優美な人の話に聞き入るようだ。
ユーモアに満ちた話,皮肉な話,厳粛な話,豊富なファンタジーと多少のホラを含んだ冒険潭,
物憂く感傷的な話…全く異質な話が無理なく続き,
しかもこの上なく生き生きと語られる感がある。

そして2台のピアノの織りなす実に多彩で美しい色彩感!
まだパリ音楽院の学生で確か16〜7歳だったラヴェルが,
当時の現代ピアノ音楽演奏の旗手,リカルド・ビニェス*2)とともに
シャブリエ邸で作曲者の前で弾いたのもこの曲である。
Enoch(エノック)社から出ている楽譜は,?と?が分冊になったもので,
掛け合いが特に多いこの作品では,慣れないと「出のきっかけ」がつかみ難い。

実は私がその昔(!),人前で初めて演奏会らしい場で弾いたのもこの作品で,
手持ちの楽譜に五線を書き加えて相手のパートを書き込んである。
Berben(ベルベン)社からは見やすいスコア形式の楽譜が出ているが,
店頭で見掛けても,「しめた!」とばかりには飛び付かない方が身のため。
原曲の改変とミスプリが多く,この楽譜だけで演奏するのは極めて危険なのだ。
またEnoch社からは名ピアニストのコルトー編曲による連弾版も出ており,
1台のピアノでこの名曲を楽しむこともできる。

【2007年2月20日入稿】
【参考情報】
*1) [CD]「四手のためのフランス音楽/ロベール・カサドシュ&ギャビー・カサドシュ」(B00005G7QS)
*2) リカルド・ビニェス(1876-1943) フランスで活躍したスペイン人ピアニスト。「水の戯れ」「亡き王女のためのパヴァーヌ」「鏡」「夜のガスパール」などのラヴェルのピアノ作品を数多く初演。 プーランクのピアノ教師としても知られている。

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